ゴッホ「麦わら帽子の自画像」とは?デトロイトとメトロポリタン、1887年夏のパリの自画像
デトロイト美術館にある、黄色い麦わら帽子と青い服の自画像

「麦わら帽子の自画像」とは
つばの広い黄色い麦わら帽子をかぶり、青い服を着た男が、横目でこちらを見ています。赤い髭と、赤く染まった耳。背景には、青やうすい灰色、赤の短い筆の跡が散らばっています。フィンセント・ファン・ゴッホ(1853〜1890年)が1887年の夏、パリで描いた自画像です。
所蔵はアメリカのデトロイト美術館で、館の題名は「自画像」です。日本では、麦わら帽子をかぶった姿から「麦わら帽子の自画像」と呼ばれることが多い絵です。館の記録では、画家用の厚紙に油彩で描かれ、板に貼られています。大きさは縦34.9cm、横26.7cmと小さな絵です。
ただし、ゴッホが麦わら帽子をかぶった自画像は、この1点だけではありません。ニューヨークのメトロポリタン美術館や、アムステルダムのゴッホ美術館にもあります。この記事では、デトロイト美術館の1点を中心に、ほかの麦わら帽子の自画像も紹介します。

制作の背景、パリの2年と「ほかにモデルがいないので」
ゴッホは1886年から1888年まで、弟テオが暮らすパリにいました。オランダにいた頃は、「ジャガイモを食べる人々」のように、暗い色で農民を描いていました。
デトロイト美術館によると、ゴッホはパリで印象派の明るい色にふれ、パレットを明るくしていきました。ただ、そうした明るい色は、やがて特定の気分を表すときに使うようになったと館は説明しています。館は、パリでの暮らしは比較的幸せなもので、1887年の夏に描いたこの絵でも、ゴッホは軽やかな表情の自分を描いていると紹介しています。
メトロポリタン美術館によると、ゴッホはパリにいた約2年のあいだに20点以上の自画像を描きました。お金はなくても、人物を描く腕をみがきたいと考えたゴッホは、自分自身をいちばんのモデルにしました。館は、ゴッホの手紙から「モデルがいないので、自分を描くために、わざわざ十分な鏡を買った」という言葉を引いています。
デトロイト美術館も、ゴッホが「ほかにいいモデルがいないので」自分の肖像を何度も描いたと書いています。油彩の自画像は全部で35点ほどとされ、そのうち20点以上がこのパリ時代のものです。
技法と色彩、黄色い帽子と青い服
デトロイト美術館の絵でまず目に入るのは、黄色い麦わら帽子と、青い服の対比です。黄色と青は、色の輪の上でほぼ向かい合う色どうしで、並べるとおたがいを強く見せます。
帽子は、横に長くのびる黄色の筆の跡を何本も重ねて描かれています。顔は、黄色、桃色、緑、赤の短い筆の跡を重ねて立体を作っています。髭と耳には、赤やオレンジが使われています。
背景は一色ではありません。左上には、青と灰色の地の上に、赤い短い筆の跡が並んでいます。メトロポリタン美術館は、同じ頃の麦わら帽子の自画像について、点や短い線で色を並べる新印象派の技法と色彩理論を、ゴッホが意識していたことがわかると説明しています。




メトロポリタン美術館の1点、裏には農民の絵
ニューヨークのメトロポリタン美術館にも、麦わら帽子をかぶった1887年の自画像があります。館の題名は「麦わら帽子の自画像(表、ジャガイモの皮をむく人)」です。カンヴァスに油彩で、大きさは縦40.6cm、横31.8cmです。
題名のとおり、このカンヴァスの反対の面には、ゴッホがそれより前に描いた農民の絵があります。館によると、ゴッホはパリで、前に描いた農民の習作の裏に自画像を描くことが何度かありました。この絵もそのひとつです。
メトロポリタン美術館の1点は、デトロイト美術館の1点にくらべて、顔はほぼ正面を向いています。帽子の黄色は同じですが、服は青と緑の細かい筆の跡で描かれ、背景は赤茶色の点で埋められています。
館の記録によると、この絵は1967年に、アデレード・ミルトン・ド・グルートの遺贈で館に入りました。館の作品ページでは、825番の展示室に展示中とされています。

ゴッホ美術館の1点、あせた紫の背景
アムステルダムのゴッホ美術館にも、麦わら帽子の自画像があります。館の作品ページによると、パリで1887年8月から9月に描かれ、厚紙に油彩で、大きさは縦40.9cm、横32.8cmです。
館は、夏の軽い服を着たゴッホが、青と緑の片方ずつの目でこちらを見つめていると紹介しています。ゴッホはここで、カンヴァスの代わりに安い厚紙を使いました。その上に紫の筋を入れた下塗りをしています。
ところが、その紫の絵の具は、年月とともにほとんどあせてしまいました。肩のあたりに、うすい桃色の筆の跡がいくつか残っているだけです。館によると、紫の背景は、もとは黄色い麦わら帽子と対比をなしていました。ゴッホが考えて組み合わせた色は、失われてしまったことになります。
ゴッホの絵の色あせは、この自画像だけの話ではありません。1890年に描いた「薔薇」でも、桃色だった花が今は白く見えています。

デトロイトへ渡った自画像
デトロイト美術館の来歴の記録によると、この絵ははじめ、画家エミール・ベルナールのものだった可能性があります。ベルナールは、ゴッホがパリで親しくした若い画家です。
その後、絵は1910年にパリの画商アンブロワーズ・ヴォラール、同じ年の9月から1912年まではベルリンの画商パウル・カッシーラーの手にありました。その後、パリのベルナール・グーショー、そしてパリとニューヨークのディクラン・ケレキアンのものになります。
1922年1月31日、ニューヨークでケレキアンの持ち物の競売が開かれ、この自画像は100番として出品されました。同じ年、デトロイト美術館が買い入れています。館の記録では、デトロイト市による購入とされています。
それから100年以上、この自画像はデトロイトにあります。ゴッホの自画像は、包帯をした自画像のような晩年の絵がよく知られていますが、明るい色を手に入れたパリ時代の自画像にも、ゴッホの変化がはっきり表れています。
パリ時代のゴッホのほかの絵
パリにいた頃、ゴッホは自画像のほかにも、新しい色と描き方を試す絵を多く描きました。1887年には、画材店の主人を描いた「タンギー爺さんの肖像」も描いています。背景には日本の浮世絵が並んでいます。
1888年、ゴッホはパリを離れて南フランスのアルルに移ります。そこでは「ひまわり」や「黄色い家」を描き、翌年からはサン=レミの療養院で糸杉や「アイリス」を描きました。
ゴッホの自画像は全部で約35点とされています。年代順の一覧は、ゴッホの自画像の記事でまとめています。
Museum Boxでは、フランス国立美術館連合(RMN-GP)のミュージアムグッズを扱っています。
麦わら帽子の自画像を見るには
デトロイト美術館の作品ページでは、2026年11月3日に見た時点で、この自画像は「展示されていない」とされています。見に行く前に、館のサイトで展示の状況を確かめてください。
メトロポリタン美術館の「麦わら帽子の自画像」は、館の作品ページで825番の展示室に展示中とされています。館の案内によると、開館は10時から17時で、金曜と土曜は21時まで、水曜日は休館です。入館料は大人30ドルです。
ゴッホ美術館の「麦わら帽子の自画像」も、館の作品ページで展示中とされています。入館料は大人25ユーロで、2027年1月1日から26ユーロになります。18歳未満は無料です。
Museum Boxでは、フランス国立美術館連合(RMN-GP)のミュージアムグッズを扱っています。ゴッホ「星月夜」をモチーフにしたスノードームやポスター、オルセー美術館のゴッホのコースターなど、日常を彩るアートグッズをお届けします。
よくある質問
ゴッホの「麦わら帽子の自画像」はどこにある?
1点ではありません。黄色い帽子と青い服のものはアメリカのデトロイト美術館、裏に農民の絵があるものはニューヨークのメトロポリタン美術館が所蔵しています。アムステルダムのゴッホ美術館にもあります。
「麦わら帽子の自画像」はいつ描かれた?
どれも1887年、ゴッホがパリにいた頃です。デトロイト美術館は1887年の夏、ゴッホ美術館は1887年8月から9月としています。
デトロイト美術館の「麦わら帽子の自画像」の大きさは?
館の記録では、縦34.9cm、横26.7cmです。画家用の厚紙に油彩で描かれ、板に貼られています。
ゴッホはなぜパリで自画像をたくさん描いた?
モデルを雇うお金がなかったためです。メトロポリタン美術館は、モデルがいないので自分を描くために鏡を買ったというゴッホの手紙の言葉を紹介しています。パリの約2年で20点以上の自画像を描きました。
ゴッホの自画像は全部で何点?
油彩で約35点とされています。大半はパリ時代(1886〜1888年)のものです。
ゴッホの絵のグッズはどこで買える?
Museum Boxでは、フランス国立美術館連合(RMN-GP)のミュージアムグッズを販売しています。ゴッホ「星月夜」をモチーフにしたスノードーム、ポスター、オルセー美術館のゴッホのコースターなど、日常を彩るアートグッズをお届けしています。