ゴッホ「薔薇」とは?桃色だった花が白く見える、療養院で最後に描いた花束
ニューヨークのメトロポリタン美術館にある、緑の花瓶にあふれる薔薇の絵

「薔薇」とは
緑の花瓶から、白い薔薇の花束があふれるように広がっています。背景はうすい黄緑で、テーブルの上には散った花びらがあります。フィンセント・ファン・ゴッホ(1853〜1890年)が1890年5月に描いた「薔薇」です。
所蔵はニューヨークのメトロポリタン美術館です。館の記録では、カンヴァスに油彩で、大きさは縦93cm、横74cmです。
今は白く見える花は、もとは桃色でした。メトロポリタン美術館は、テーブルの上や花びらに残るうすい桃色が、ゴッホが手紙に書いた「緑の花瓶に生けた、黄緑の背景の桃色の薔薇の絵」の名残だと紹介しています。色は、年月とともにあせてしまったのです。

制作の背景、療養院を出る前の4点の花
ゴッホは1889年の春から、南フランスのサン=レミの療養院で暮らしていました。メトロポリタン美術館によると、1890年5月、療養院を出る直前に、ゴッホは4点の花の静物を描きました。薔薇が2点、アイリスが2点です。
1890年5月11日、ゴッホは弟テオへの手紙にこう書いています。「今はよくなってきている。あのひどい発作は嵐のように消えた。ここでの最後のひと筆を、静かで絶え間ない熱意をこめて描いている」(je travaille pour donner un dernier coup de brosse ici avec une ardeur calme & continue.)。
同じ手紙でゴッホは、うすい緑の背景の薔薇の絵と、紫のアイリスの大きな花束の絵2点を描いていると続けています。アイリスの1点は桃色の背景で、緑と桃色と紫の組み合わせが調和してやわらかい、と書いています。
上の絵は、メトロポリタン美術館にあるアイリスの1点です。今は背景が白っぽく見えます。メトロポリタン美術館は、色あせの影響がこの4点ほど大きく表れた絵は少ないとしています。

技法と色彩、補色の組み合わせと、あせた赤
2015年にメトロポリタン美術館が開いた「ゴッホ アイリスと薔薇」展の解説によると、この4点の絵は、黄色と紫、桃色と緑、そして赤という、補色(反対の色)の組み合わせをよく計算して描かれていました。
ところが、そのうちの赤や桃色が、時とともにあせてしまいました。館の解説によると、ゴッホは1888年4月から1890年7月まで、エオシンという合成の染料から作られた、鮮やかな赤の絵の具をよく使っていました。この赤は、日の光に当たると色が抜けやすいものでした。
ゴッホ自身も、色があせやすい絵の具があることを知っていて、そうした色はとくに強く使うようにしていたと館は説明しています。それでも、不安定な赤は守りきれませんでした。
展覧会では、所蔵館の研究者たちと4点の絵を調べ、色があせた赤の絵の具がどこにあるかを調べました。分析の結果や昔の複製をもとに、もとの色をコンピューターで再現する試みも行われています。館は、再現でわかるのは大まかな色だけだとしています。




「ひまわり」のような連作と、ワシントンの「薔薇」
メトロポリタン美術館によると、4点の花の絵は、アルルで描いた「ひまわり」の飾りの連作と並ぶ、ひとまとまりの作品として考えられていました。
4点の内わけは、メトロポリタン美術館の縦長の「薔薇」と横長の「アイリス」、アムステルダムのゴッホ美術館の縦長の「アイリス」、そしてワシントン・ナショナル・ギャラリーの横長の「薔薇」です。縦と横、色の組み合わせを変えて、2点ずつ対になるように描かれています。
ナショナル・ギャラリーの「薔薇」は、縦71cm、横90cmです。館の記録によると、ゴッホが亡くなったあと弟テオとその妻ヨーに受け継がれ、1891年6月9日に、フランスの収集家ポール・ガリマールに400フランで売られました。この絵も、1939年の展覧会では「白い薔薇」という題で紹介されています。
4点はゴッホの死後まもなく離ればなれになりました。2015年5月12日から8月16日までのメトロポリタン美術館の展覧会で、ゴッホの死後初めて4点が一緒に並びました。

母の家の玄関に掛けられた薔薇
メトロポリタン美術館の「薔薇」と「アイリス」は、ゴッホの母アンナのものでした。館の展覧会の解説によると、母は1907年に亡くなるまで2点を手もとに置いていました。ハーグの母の家の玄関に掛けられていた桃色の薔薇は、その頃にはもう「白い」と書かれています。
来歴の記録によると、1908年3月、テオの妻ヨーが、この2点をほかの1点とともにベルリンの画商カッシーラーに売りました。その後、絵はベルリンのオッペンハイム夫妻の手に渡り、1930年代にエッセンのゲオルク・ジーモン・ヒルシュラントのものになります。
館によると、ヒルシュラントは1938年にアメリカへ移りました。その翌年の1939年、絵はナチスによって押収され、エッセンのフォルクヴァング美術館のものにされます。絵がニューヨークのヒルシュラントの遺族に返されたのは、1950年7月のことでした。
その後、絵はニューヨークの画商や収集家を経て、1978年にウォルター・アネンバーグ夫妻のものになります。1993年からメトロポリタン美術館と共同で持つ形になり、今は館で展示されています。
日本にも来たワシントンの「薔薇」
ナショナル・ギャラリーの「薔薇」は、日本の展覧会にも何度か貸し出されています。館の展覧会の記録によると、2011年には東京の国立新美術館と京都市美術館で開かれた展覧会に出品されました。2019年から2020年にかけては、東京の上野の森美術館と神戸の兵庫県立美術館の「ゴッホ展」にも並んでいます。
ゴッホが療養院で描いた花は、薔薇だけではありません。1889年5月、療養院に入ってまもない頃には、庭に咲くアイリスを描いています。カリフォルニアのゲッティ美術館にある「アイリス」です。同じ年の6月には、療養院のまわりの糸杉も描きました。1年のあいだに、ゴッホは療養院の庭と花を何度も絵にしています。
Museum Boxでは、フランス国立美術館連合(RMN-GP)のミュージアムグッズを扱っています。
「薔薇」を見るには、メトロポリタン美術館とナショナル・ギャラリー
メトロポリタン美術館の「薔薇」は、館の作品ページで822番の展示室に展示中とされています。館の案内によると、開館は10時から17時で、金曜と土曜は21時まで、水曜日は休館です。入館料は大人30ドルです。
ワシントン・ナショナル・ギャラリーの「薔薇」は、館の作品ページで西館1階のM83室に展示中とされています。館の案内によると、入館は無料で、開館は毎日10時から17時です。12月25日と1月1日は休館です。
展示室は替わることがあるので、出かける前に館のサイトで確かめてください。
Museum Boxでは、フランス国立美術館連合(RMN-GP)のミュージアムグッズを扱っています。ゴッホ「星月夜」をモチーフにしたスノードームやポスター、ストールなど、日常を彩るアートグッズをお届けします。
よくある質問
ゴッホの「薔薇」はどこにある?
縦長の「薔薇」はニューヨークのメトロポリタン美術館、横長の「薔薇」はワシントン・ナショナル・ギャラリーが所蔵しています。どちらも1890年5月に描かれました。
ゴッホの「薔薇」はなぜ白いの?
もとは桃色でした。ゴッホがよく使った鮮やかな赤の絵の具が、日の光で色あせたためです。メトロポリタン美術館の絵には、テーブルや花びらにうすい桃色が残っています。
「薔薇」の大きさは?
メトロポリタン美術館の「薔薇」は縦93cm、横74cmです。ワシントン・ナショナル・ギャラリーの「薔薇」は縦71cm、横90cmです。どちらもカンヴァスに油彩で描かれています。
「薔薇」はいつ描かれた?
1890年5月です。ゴッホが南フランスのサン=レミの療養院を出る直前に、薔薇とアイリスの花の絵を4点描きました。ゴッホはその2か月ほどあとの7月に亡くなっています。
ゴッホの「薔薇」は日本に来たことがある?
はい。ワシントン・ナショナル・ギャラリーの「薔薇」が、2011年に国立新美術館と京都市美術館、2019年から2020年に上野の森美術館と兵庫県立美術館の展覧会に出品されています。
ゴッホの絵のグッズはどこで買える?
Museum Boxでは、フランス国立美術館連合(RMN-GP)のミュージアムグッズを販売しています。ゴッホ「星月夜」をモチーフにしたスノードーム、ポスター、ストールなど、日常を彩るアートグッズをお届けしています。