ゴッホ「糸杉」とは?エジプトのオベリスクにたとえた、サン=レミの2本の木

ニューヨークのメトロポリタン美術館にある、炎のように立ちのぼる糸杉の絵

フィンセント・ファン・ゴッホ「糸杉」(1889年)ニューヨーク、メトロポリタン美術館所蔵

「糸杉」とは

濃い緑の2本の木が、渦を巻きながら画面の上の端まで伸びています。右上の空には黄色い三日月が浮かび、うしろには桃色がかった雲と青い山並みが見えます。フィンセント・ファン・ゴッホ(1853〜1890年)の「糸杉」です。

メトロポリタン美術館によると、描かれたのは1889年6月の終わりです。南フランスのサン=レミにある療養院に入り、そこで約1年を過ごしはじめて間もない頃でした。カンヴァスに油彩で、大きさは縦93.4cm、横74cmです。

館は、ゴッホが糸杉を間近から縦長の画面で描いた絵は2点あり、もう1点はオランダのクレラー=ミュラー美術館にあると紹介しています。メトロポリタン美術館の「糸杉」は、1890年のアンデパンダン展に出品されました。ゴッホが生きているうちに、パリで人の目にふれた一枚です。

フィンセント・ファン・ゴッホ「糸杉」(1889年)糸杉の頂と三日月、雲の部分。メトロポリタン美術館所蔵

制作の背景、療養院で「ひまわりのように」

1888年12月、南フランスのアルルで、ゴッホは自分の耳を切る事件を起こしました。その後も発作がくり返し、翌1889年の春、ゴッホは近くの町サン=レミの療養院に自分から入ります。

療養院に入ってまもない1889年6月25日、ゴッホは弟テオに宛てた手紙に、糸杉のことをこう書いています。「糸杉のことがずっと頭から離れない。ひまわりの絵のようなものを、糸杉でも描いてみたい。私が見ているように糸杉を描いた人がまだいないことに、驚いているからだ」(Les cyprès me preoccupent toujours, je voudrais en faire une chose comme les toiles des tournesols parceque cela m'étonne qu'on ne les aie pas encore fait comme je les vois.)。

アルルで描いた「ひまわり」の連作のように、ひとつの題材をくり返し描いて、自分の絵にしたいと考えていたことがわかります。同じ手紙でゴッホは、「緑の色がとても上品だ」とも書いています。

ゴッホは療養院にいるあいだに、庭の「アイリス」や「星月夜」など、今では代表作とされる絵をいくつも描きました。同じ年の9月には、渦を巻く青い背景の自画像も描いています。

フィンセント・ファン・ゴッホ「自画像」(1889年9月)パリ、オルセー美術館所蔵。サン=レミの療養院で描かれました

技法と色彩、厚い白の下地と、むずかしい緑

同じ6月25日の手紙で、ゴッホは糸杉を「線と比例が美しく、エジプトのオベリスクのよう」(C'est beau comme lignes et comme proportions, comme une obelisque egyptienne.)と書いています。オベリスクは、古代エジプトで建てられた、細長くとがった石の塔です。

ゴッホはさらに、糸杉は「日の光にあふれた風景の中の黒いしみ」で、「いちばんおもしろい暗い色のひとつで、ぴったりの色を出すのがこれほどむずかしいものは思いつかない」とも書いています。

制作の手順も手紙からわかります。ゴッホは、あのむずかしい瓶の緑色をした糸杉の習作が2点あると書き、手前の地面を鉛白(白い絵の具)の厚塗りで作ったと説明しています。地面に固さが出るからで、その上にほかの色を重ねていきます。

絵の具は厚く盛られ、筆の跡がはっきり残っています。糸杉の葉は、短い筆の跡が渦を巻くように重なり、木全体が炎のように揺れて見えます。空や雲、山並みも、同じように波打つ筆の跡で描かれています。

フィンセント・ファン・ゴッホ「糸杉」右上の三日月と渦を巻く空のディテールフィンセント・ファン・ゴッホ「糸杉」渦を巻く糸杉の葉のディテールフィンセント・ファン・ゴッホ「糸杉」糸杉の幹の根もとと草のディテールフィンセント・ファン・ゴッホ「糸杉」右の青い山並みと黄緑の茂みのディテール

「糸杉のある麦畑」、夏の絵のいちばんの作

同じ6月に、ゴッホは糸杉を入れた横長の風景画も描きはじめました。メトロポリタン美術館にあるもう1点の絵「糸杉のある麦畑」です。大きさは縦73.2cm、横93.4cmで、黄色い麦畑の右に、1本の糸杉が空に向かって立っています。

館によると、ゴッホは1889年7月2日のテオへの手紙で、この絵を、糸杉と少しの麦、ケシの花、青い空がある、多色のスコットランドの格子縞のような絵だと説明しています。そして、自分の夏の絵の中でいちばんよいものだと考えていました。

ゴッホは同じ構図で、葦ペンで描いた素描(アムステルダムのゴッホ美術館所蔵)と、秋に描いた油彩2点(ロンドンのナショナル・ギャラリーと個人蔵)も残しています。気に入った構図を、何度も描き直したことがわかります。

メトロポリタン美術館では、「糸杉」は825番の展示室、「糸杉のある麦畑」は822番の展示室で紹介されています。1つの館で、糸杉を縦に描いた絵と横に描いた絵を見比べることができます。

フィンセント・ファン・ゴッホ「糸杉のある麦畑」(1889年)ニューヨーク、メトロポリタン美術館所蔵

「星月夜」の糸杉と、2023年の「ゴッホの糸杉」展

ゴッホの糸杉でいちばんよく知られているのは、ニューヨーク近代美術館(MoMA)にある「星月夜」の手前の糸杉かもしれません。「星月夜」も1889年6月、サン=レミの療養院で描かれました。夜空の渦の前で、黒い糸杉が炎のように立ちのぼっています。

2023年5月22日から8月27日まで、メトロポリタン美術館で「ゴッホの糸杉」展が開かれました。館は、ゴッホの糸杉だけに焦点を当てた初めての展覧会だと紹介しています。「星月夜」と「糸杉のある麦畑」を中心に、絵画や素描、絵入りの手紙など約40点が並びました。

展覧会は、アルルで初めて糸杉に目を留めた頃から、サン=レミの療養院で糸杉を自分の絵の題材にしていくまでの、南フランスでの約2年間をたどるものでした。

翌1890年、ゴッホはパリの北のオーヴェール=シュル=オワーズに移り、「カラスのいる麦畑」などを描いて、その年の7月に亡くなります。

Museum Boxでは、フランス国立美術館連合(RMN-GP)のミュージアムグッズを扱っています。

フィンセント・ファン・ゴッホ「星月夜」(1889年)ニューヨーク近代美術館(MoMA)所蔵

弟テオのもとから、ニューヨークへ

メトロポリタン美術館の来歴の記録によると、ゴッホは1889年9月28日に、この絵をパリの弟テオに送りました。テオは1891年に亡くなり、絵はテオの妻ヨーの手に渡ります。

1895年、ヨーはパリの画廊を通じて、この絵をほかの6点と一緒に売りました。1901年には、パリのジュリアン・ルクレールが600フランで買っています。1908年にパリの競売にかけられたときの値段は8,100フランでした。

その後、絵はチューリヒのフリッツ・マイヤー=フィールツ、ドイツの画商タンハウザーを経て、1931年にベルリンのザルマン・ショッケンのものになります。ショッケンはのちにエルサレム、そしてニューヨークへと移り、1949年3月、絵はタンハウザーを通じてメトロポリタン美術館に売られました。

テオに送られてから約60年をかけて、2本の糸杉はパリからニューヨークにたどり着いたことになります。

「糸杉」を見るには、メトロポリタン美術館とグッズ情報

「糸杉」は、ニューヨークの五番街にあるメトロポリタン美術館で見られます。館の作品ページでは、825番の展示室に展示中とされています。同じ館には「糸杉のある麦畑」のほか、「麦わら帽子の自画像」などのゴッホの絵もあります。

館の案内によると、開館は10時から17時で、金曜と土曜は21時までです。水曜日は休館で、感謝祭、12月25日、1月1日、5月の第1月曜日も休みです。入館料は大人30ドルで、ニューヨーク州に住む人などは金額を自分で決められます。展示室は替わることがあるので、出かける前に館のサイトで確かめてください。

Museum Boxでは、フランス国立美術館連合(RMN-GP)のミュージアムグッズを扱っています。ゴッホ「星月夜」をモチーフにしたスノードームやポスター、ストールなど、日常を彩るアートグッズをお届けします。

よくある質問

ゴッホの「糸杉」はどこにある?

ニューヨークのメトロポリタン美術館が所蔵しています。1949年に館が買い入れました。糸杉を縦長の画面で間近から描いたもう1点は、オランダのクレラー=ミュラー美術館にあります。

「糸杉」はいつ描かれた?

メトロポリタン美術館によると、1889年6月の終わりです。ゴッホが南フランスのサン=レミの療養院に入って、まもない頃でした。

「糸杉」の大きさは?

メトロポリタン美術館の記録では、縦93.4cm、横74cmです。カンヴァスに油彩で描かれています。

ゴッホは糸杉について何と言っている?

1889年6月25日の弟テオへの手紙で、糸杉を「線と比例が美しく、エジプトのオベリスクのよう」と書いています。ひまわりの絵のようなものを糸杉でも描きたい、とも書いています。

「星月夜」にも糸杉が描かれている?

はい。ニューヨーク近代美術館の「星月夜」(1889年6月)の手前に、黒い糸杉が描かれています。2023年にメトロポリタン美術館で開かれた「ゴッホの糸杉」展では、「星月夜」も並びました。

ゴッホの絵のグッズはどこで買える?

Museum Boxでは、フランス国立美術館連合(RMN-GP)のミュージアムグッズを販売しています。ゴッホ「星月夜」をモチーフにしたスノードーム、ポスター、ストールなど、日常を彩るアートグッズをお届けしています。