ゴッホ「花咲く桃の木(モーヴの思い出)」とは?アルルの春に恩師へ捧げた一枚

オランダのクレラー=ミュラー美術館にある、桃色の花と青い空の絵

フィンセント・ファン・ゴッホ「花咲く桃の木(モーヴの思い出)」(1888年3月)オッテルロー、クレラー=ミュラー美術館所蔵

「花咲く桃の木」とは

青い空と白い雲の下で、桃の木が桃色の花をいっぱいに咲かせています。右には葦の垣根、手前には明るい色の土。左下には「Souvenir de Mauve(モーヴの思い出)」と書かれています。フィンセント・ファン・ゴッホ(1853〜1890年)の「花咲く桃の木」です。

所蔵はオランダのオッテルローにあるクレラー=ミュラー美術館です。館の題名は「桃色の桃の木(モーヴの思い出)」です。館の作品ページによると、1888年3月30日ごろ、南フランスのアルルで描かれました。カンヴァスに油彩で描かれています。

館によると、ゴッホはこの絵を、果樹の花を描いた連作の中でもっともうまくいった1点と考えていました。

フィンセント・ファン・ゴッホ「花咲く桃の木(モーヴの思い出)」(1888年3月)桃色の花と空の部分。クレラー=ミュラー美術館所蔵

制作の背景、アルルの春と14点の花咲く木

ゴッホは1888年の2月に、パリから南フランスのアルルに移りました。クレラー=ミュラー美術館によると、その春、アルルの果樹がいっせいに花を咲かせると、ゴッホはほとんど毎日それを描きました。短いあいだに、花の咲く木の油彩を14点と、いくつもの素描やスケッチを残しています。

1888年3月30日ごろ、ゴッホは妹ウィルへの手紙に、この絵のことを書いています。書簡集の日付では、この絵を仕上げた頃の手紙です。今は花の咲く果樹の絵を6点手がけていて、今日家に持ち帰ったのは、果樹園の耕した土と葦の垣根、満開の2本の桃の木で、きらめく青い空に白い雲が浮かぶ日の光の中の絵だ、と説明しています。

そして同じ手紙で、この絵をモーヴの妻に贈ることに決めたこと、絵に「Souvenir de Mauve(モーヴの思い出)」と書いたことを伝えています。

技法と色彩、やさしく、とても明るく

1888年4月1日ごろ、ゴッホは弟テオへの手紙で、この絵を「たぶん、ここで描いた中でいちばんよい風景画」と書いています。そして、モーヴの思い出には「やさしく、とても明るいもの」が必要だと思った、と続けています(Il me semblait qu'il fallait en mémoire de Mauve quelque chôse et de tendre et de très gai)。

その言葉のとおり、画面は明るい色でまとめられています。桃の花は、桃色と白、赤の短い筆の跡を重ねて描かれ、枝には紫や青の線が入っています。空は青と白で、ところどころに雲が厚く盛られています。

手前の地面は、クリーム色や水色、黄土色の筆の跡が横に流れるように置かれています。右の垣根は、黄色や青、緑の縦の筆の跡で、葦の一本一本を描き分けています。

クレラー=ミュラー美術館も、手紙のこの言葉を引いて紹介しています。ゴッホは手紙で、もっと重い色調の習作ではいけないと考えたと書いています。

フィンセント・ファン・ゴッホ「花咲く桃の木」桃色の花と枝のディテールフィンセント・ファン・ゴッホ「花咲く桃の木」桃の木の幹と地面のディテールフィンセント・ファン・ゴッホ「花咲く桃の木」右の葦の垣根のディテールフィンセント・ファン・ゴッホ「花咲く桃の木」左下の「Souvenir de Mauve」の書き込みのディテール

恩師アントン・モーヴの死

クレラー=ミュラー美術館によると、ゴッホはこの絵を描いた日の夜、妹からの手紙で、画家アントン・モーヴが亡くなったことを知りました。

モーヴは、ゴッホの親戚にあたる画家でした。館によると、ゴッホにとっては結婚で親戚になった従兄で、油彩と水彩の描き方を教えてくれた人でもありました。

1888年4月1日ごろのテオへの手紙で、ゴッホは、絵を家に持ち帰ったとき、妹から、モーヴを追悼するオランダ語の文章と肖像を受け取ったと書いています。そして、何とも言えないものに胸をつかまれ、のどがしめつけられるような気持ちになり、絵に「Souvenir de Mauve Vincent Theo」と書いた、と伝えています。テオがよいと思えば、2人の名前でモーヴ夫人に送ろう、と提案しています。

ゴッホは、自分がアルルで描いた中でいちばんよい習作を、わざわざ選んだとも書いています。恩師への思い出に、悲しい絵ではなく、春の花の絵を贈ろうとしたのです。

花咲く木を描きつづけたゴッホ

アルルの春の果樹の連作のあとも、ゴッホは花咲く木を描きつづけました。1890年にはサン=レミの療養院で、青い空を背にした白いアーモンドの花の枝を描いています。アムステルダムのゴッホ美術館にある「アーモンドの花」です。

アルルで暮らした1年あまりのあいだに、ゴッホは黄色い家を借り、ひまわりや夜のカフェ、ローヌ川の星空を描きました。その最初の春に描かれたのが、この「花咲く桃の木」をふくむ果樹の連作です。

同じクレラー=ミュラー美術館には、ゴッホがサン=レミを去る直前に描いた「糸杉と星の見える道」もあります。

Museum Boxでは、フランス国立美術館連合(RMN-GP)のミュージアムグッズを扱っています。

「花咲く桃の木」を見るには、クレラー=ミュラー美術館

「花咲く桃の木(モーヴの思い出)」は、オランダのデ・ホーへ・フェルウェ国立公園の中にあるクレラー=ミュラー美術館で、館の作品ページでは展示中とされています。

館では、2026年9月15日から2027年1月3日まで、所蔵するゴッホの絵88点を1984年以来初めて全部並べる展覧会「ゴッホ、私たちのすべての絵」が開かれています。展覧会を見るには、入館券のほかに、開始時間を指定した展覧会券(追加料金なし)が必要です。

館の案内によると、開館は火曜日から日曜日と祝日の10時から17時です。入館には公園と美術館の共通券が必要で、大人は27.75ユーロです。出かける前に館のサイトで確かめてください。

Museum Boxでは、フランス国立美術館連合(RMN-GP)のミュージアムグッズを扱っています。アルル時代のゴッホ「アルルの寝室」のポスターや、「ローヌ川の星月夜」のスノードームなど、日常を彩るアートグッズをお届けします。

よくある質問

ゴッホの「花咲く桃の木(モーヴの思い出)」はどこにある?

オランダのオッテルローにあるクレラー=ミュラー美術館が所蔵しています。館の作品ページでは展示中とされています。

いつ描かれた?

クレラー=ミュラー美術館によると、1888年3月30日ごろ、南フランスのアルルで描かれました。

「Souvenir de Mauve」とはどういう意味?

フランス語で「モーヴの思い出」という意味です。ゴッホに油彩と水彩を教えた画家アントン・モーヴが亡くなったことを知り、この絵を捧げて書き入れました。

アントン・モーヴとは誰?

ゴッホの親戚にあたるオランダの画家です。クレラー=ミュラー美術館によると、結婚で親戚になった従兄で、ゴッホに油彩と水彩の描き方を教えました。

ゴッホの絵のグッズはどこで買える?

Museum Boxでは、フランス国立美術館連合(RMN-GP)のミュージアムグッズを販売しています。「アルルの寝室」のポスターや「ローヌ川の星月夜」のスノードームなど、日常を彩るアートグッズをお届けしています。