ゴッホ「糸杉と星の見える道」とは?療養院を出る直前に描いた、プロヴァンスのまとめの夜
オランダのクレラー=ミュラー美術館にある、三日月と星のあいだにそびえる糸杉の絵

「糸杉と星の見える道」とは
夜空の真ん中を、黒い糸杉が画面の上の端まで突き抜けています。右上には細い三日月、左には渦を巻いて輝く星。下の道には、馬車と2人の人が歩いています。フィンセント・ファン・ゴッホ(1853〜1890年)の「糸杉と星の見える道」です。
所蔵はオランダのオッテルローにあるクレラー=ミュラー美術館です。館の題名は「夜のプロヴァンスの田舎道」です。館の作品ページによると、制作は1890年5月12日から15日ごろで、カンヴァスに油彩で描かれています。
館によると、ゴッホはこの絵を、南フランスのサン=レミの療養院を出る少し前に描きました。実在の景色ではなく、ゴッホが自分の考えで組み立てた絵です。館は、サン=レミの最後の思い出として、またプロヴァンスで受けたさまざまな印象のまとめとして描かれたのだろうとしています。

制作の背景、プロヴァンスの象徴としての糸杉
ゴッホは1889年の春から約1年、サン=レミの療養院で暮らしました。そのあいだに、糸杉をくり返し描いています。
クレラー=ミュラー美術館は、ゴッホにとって糸杉はプロヴァンスをもっともよく表すものだったと紹介しています。館が引いているのは、1889年6月25日に弟テオに宛てた手紙です。ゴッホはそこで、糸杉のことがずっと頭から離れない、ひまわりの絵のようなものを糸杉でも描きたい、と書いています。そして、糸杉は線と比例が美しく、エジプトのオベリスクのようだ、とも書いています。
上の絵は、同じ1889年6月の終わりに描かれた「糸杉」(ニューヨーク、メトロポリタン美術館)です。それから約1年後、療養院を去る直前に、ゴッホはもう一度、夜空にそびえる糸杉を描きました。

技法と色彩、短い波打つ筆の跡
クレラー=ミュラー美術館によると、ゴッホはサン=レミで、色と筆づかいをいろいろと試しました。この頃の多くの絵は、優美な形と渦を巻く線でできていて、この絵もそのひとつです。館は、短くリズムのある波打つ筆の跡を並べることで、画面に大きな動きが生まれていると説明しています。
空は、青や白、緑の短い筆の跡が、星や月のまわりで渦を巻くように置かれています。糸杉は、濃い緑や黒の筆の跡が炎のように上にのびています。手前の麦は黄色とオレンジ、道は白と灰色、緑の筆の跡で描かれ、道の線に沿って流れるように見えます。
ゴッホは1890年6月17日ごろ、オーヴェールからゴーギャンに宛てた手紙の下書きで、この絵をこう説明しています。「輝きのない月がある夜空。地球の暗い影から、細い三日月がやっと出てきたところ。輝きを誇張した星。群青の空に雲が走り、星はやわらかく桃色と緑に光っている」(une étoile à éclat exageré, si vous voulez, éclat doux de rose vert dans le ciel outremer où courent des nuages.)。




ゴーギャンへの手紙に描いたスケッチ
この絵は、ゴッホがオーヴェールからゴーギャンに宛てて書いた手紙の下書きにも出てきます。書簡集では1890年6月17日ごろのものとされています。ゴッホは「向こう(南フランス)で描いた、星のある糸杉の絵もある」と書き、その下に小さなスケッチを添えました。
ゴッホは続けて、絵の下の部分をこう説明しています。「下には、背の高い黄色い葦にはさまれた道。そのうしろに青い低いアルピーユの山並み。窓にオレンジの灯りのともる古い宿屋。とても背が高く、まっすぐで、とても暗い糸杉。道には、白い馬に引かれた黄色い馬車と、遅くまで歩いている2人」。
そして、「とてもロマンチックかもしれないが、プロヴァンスらしいとも思う」と書いています。ゴッホは、この絵やほかのプロヴァンスの景色を銅版画にして、ゴーギャンに贈りたいとも伝えていました。
同じ下書きには、オーヴェールで知り合った医師ガシェの肖像を描いたことも書かれています。南フランスを離れたあとも、ゴッホにとってプロヴァンスの記憶は大きなものだったことがわかります。
「星月夜」との違い
夜空と糸杉という組み合わせから、この絵はニューヨーク近代美術館(MoMA)の「星月夜」とよく並べて語られます。「星月夜」は1889年6月、療養院に入ってまもない頃に描かれました。手前に炎のような糸杉があり、うしろの夜空には大きな渦と、たくさんの星、三日月が描かれています。
「糸杉と星の見える道」は、それから約1年後の絵です。糸杉は画面の真ん中に置かれ、空を左右に分けています。空には三日月と大きな星がひとつずつ。そして下には、道を行く人と馬車、宿屋という、人の暮らしが描かれています。
「糸杉と星の見える道」は、クレラー=ミュラー美術館によると、実在の景色ではなく、ゴッホが自分の考えで組み立てた景色です。
Museum Boxでは、フランス国立美術館連合(RMN-GP)のミュージアムグッズを扱っています。

「糸杉と星の見える道」を見るには、クレラー=ミュラー美術館
「糸杉と星の見える道」は、オランダのデ・ホーへ・フェルウェ国立公園の中にあるクレラー=ミュラー美術館で、館の作品ページでは展示中とされています。
館では、2026年9月15日から2027年1月3日まで、展覧会「ゴッホ、私たちのすべての絵」が開かれています。館によると、所蔵するゴッホの絵88点が全部そろって見られるのは1984年以来です。88点の多くは、館を作ったヘレーネ・クレラー=ミュラーが1908年から1930年にかけて集めたものです。展覧会を見るには、入館券のほかに、開始時間を指定した展覧会券(追加料金なし)が必要です。
館の案内によると、開館は火曜日から日曜日と祝日の10時から17時です。入館には公園と美術館の共通券が必要で、大人は27.75ユーロです。出かける前に館のサイトで確かめてください。
Museum Boxでは、フランス国立美術館連合(RMN-GP)のミュージアムグッズを扱っています。ゴッホ「星月夜」をモチーフにしたスノードームやポスター、ストールなど、日常を彩るアートグッズをお届けします。
よくある質問
「糸杉と星の見える道」はどこにある?
オランダのオッテルローにあるクレラー=ミュラー美術館が所蔵しています。館の題名は「夜のプロヴァンスの田舎道」です。
「糸杉と星の見える道」はいつ描かれた?
クレラー=ミュラー美術館によると、1890年5月12日から15日ごろです。ゴッホがサン=レミの療養院を出る少し前に描きました。
描かれた場所はどこ?
実在する一つの景色ではありません。クレラー=ミュラー美術館によると、ゴッホが自分の考えで組み立てた景色で、プロヴァンスで受けた印象のまとめとして描かれたと考えられています。
「星月夜」とはどう違う?
「星月夜」(1889年6月、MoMA)は療養院に入ってまもない頃の絵で、たくさんの星と大きな渦が描かれています。「糸杉と星の見える道」は約1年後の絵で、三日月と大きな星がひとつずつ、そして道を行く人と馬車が描かれています。
ゴッホの絵のグッズはどこで買える?
Museum Boxでは、フランス国立美術館連合(RMN-GP)のミュージアムグッズを販売しています。ゴッホ「星月夜」をモチーフにしたスノードーム、ポスター、ストールなど、日常を彩るアートグッズをお届けしています。