ゴッホ「ボンズ(坊主)としての自画像」とは?日本の僧に見立て、ゴーギャンに贈った一枚

ハーバード美術館にある、淡い緑の背景と短く刈った髪の自画像

フィンセント・ファン・ゴッホ「ポール・ゴーギャンに捧げた自画像(ボンズとしての自画像)」(1888年)ハーバード美術館(フォッグ美術館)所蔵

「ボンズとしての自画像」とは

淡い緑の背景の前で、髪を短く刈り上げた男が、少し目じりの上がった目でこちらを見ています。茶色い上着の縁には、あざやかな青。フィンセント・ファン・ゴッホ(1853〜1890年)が1888年に南フランスのアルルで描いた自画像です。

所蔵はアメリカのハーバード美術館(フォッグ美術館)で、館の題名は「ポール・ゴーギャンに捧げた自画像」です。日本では、ゴッホが手紙で自分を日本の僧「ボンズ(坊主)」に見立てたことから、「ボンズとしての自画像」「坊主としての自画像」とも呼ばれます。

館の記録によると、カンヴァスに油彩で、大きさは縦61.5cm、横50.3cmです。右下に赤い絵の具で「Vincent / Arles」の署名があり、左上にはかすかに「a mon ami Paul G[auguin](わが友ポール・ゴーギャンへ)」と書かれています。

フィンセント・ファン・ゴッホ「ポール・ゴーギャンに捧げた自画像」(1888年)顔と上半身の部分。ハーバード美術館所蔵

制作の背景、画家たちと交換した自画像

ハーバード美術館によると、ゴッホは1888年のはじめにアルルに移り、そこに画家たちの集まる場所を作りたいと考えていました。肖像画を通して絵を新しくできると信じていたゴッホは、仲間の画家たちに、自画像を描いて交換しようと持ちかけました。

その頃、ブルターニュで一緒に制作していたエミール・ベルナールとポール・ゴーギャンから、ゴッホは自画像を受け取りました。そのお返しに描いたのがこの絵です。館によると、ゴッホはこの絵に「わが友ポール・ゴーギャンへ」と書き入れて、ゴーギャンに送りました。

ゴーギャンはその後、1888年10月23日にアルルに着き、ゴッホの黄色い家で一緒に暮らしはじめます。2人が交換した自画像は、共同生活の始まる前のやりとりでした。

技法と色彩、ボンズの顔と淡いヴェロネーゼの緑

1888年10月3日、ゴッホはゴーギャンへの手紙で、この自画像をこう説明しています。「灰色がかった自画像を描いた。ヴェロネーゼの緑とオレンジの鉛の色を混ぜた灰色で、背景は淡いヴェロネーゼの緑の無地、服は赤茶色。私も自分の性格を誇張して、むしろボンズ、永遠の仏陀を素朴に拝む者の性格を求めた」(j'avais cherché plutôt le caractère d'un bonze, simple adorateur du Bouddha éternel.)。

ハーバード美術館によると、ゴッホは弟テオへの何通かの手紙でも、この絵の制作をくわしく書いています。日本の浮世絵を手本にして顔の形をどう変えたか、色の効果のために上着の輪郭をどう変えたか、背景をどう影のない淡い緑で塗ったか、といったことです。

画面を見ると、顔には黄色や緑、桃色の短い筆の跡が重ねられ、目は細く、少し目じりが上がって描かれています。背景は、筆の跡が残る一面の緑です。上着の茶色と、その縁の青が、緑の背景と強く対比しています。

フィンセント・ファン・ゴッホ「ポール・ゴーギャンに捧げた自画像」短く刈った頭と顔のディテールフィンセント・ファン・ゴッホ「ポール・ゴーギャンに捧げた自画像」左上の献辞のディテールフィンセント・ファン・ゴッホ「ポール・ゴーギャンに捧げた自画像」白いシャツと胸元の飾りのディテールフィンセント・ファン・ゴッホ「ポール・ゴーギャンに捧げた自画像」茶色い上着と青い縁のディテール

ゴーギャンが売った絵の長い旅

ハーバード美術館によると、ゴッホがこの絵を送ってまもなく、2人の友情は悪くなりました。ゴーギャンはこの絵を300フランで売っています。館の来歴の記録では、ゴーギャンが持っていたのは1888年から1897年までです。

その後、絵はパリの画商ヴォラール、ベルリンの画商カッシーラーを経て、ドイツの美術館長フーゴー・フォン・チューディのものになりました。館の記録によると、チューディはこの絵をベルリンのナショナルギャラリーのために買いましたが、皇帝の事前の承認を得ず、ミュンヘンに移るときに絵も持っていきました。

1919年、絵はミュンヘンのノイエ・シュターツギャラリーに入ります。ところが1938年、ナチスの当局がこの絵を美術館から外しました。そして1939年6月30日、スイスのルツェルンのテオドール・フィッシャー画廊の競売に出されています。

この競売のあと、絵はアメリカの収集家モーリス・ヴェルトハイムのものになり、1951年、遺贈によってハーバード大学のフォッグ美術館に入りました。

日本へのあこがれと、ゴッホの自画像

ゴッホは日本の浮世絵を集め、パリにいた頃には、渓斎英泉の浮世絵をもとにした「花魁」も描いています。ハーバード美術館が紹介するとおり、この自画像でも、ゴッホは浮世絵を手本にして顔の形を変えました。

前の年のパリでは、明るい色の「麦わら帽子の自画像」を描いていました。ゴッホの自画像は全部で35点ほどとされ、その一覧はゴッホの自画像の記事でまとめています。

Museum Boxでは、フランス国立美術館連合(RMN-GP)のミュージアムグッズを扱っています。

「ボンズとしての自画像」を見るには、ハーバード美術館

「ポール・ゴーギャンに捧げた自画像」は、アメリカのマサチューセッツ州ケンブリッジにあるハーバード美術館が所蔵しています。館の作品ページでは、1階の1220番の展示室(19〜20世紀のヨーロッパ美術、モーリス・ヴェルトハイム・コレクション)に置かれているとされています。

館の記録には、この絵は収蔵の条件によって、館外への貸し出しに大きな制限があると書かれています。日本では、1990年に東京の伊勢丹と山口県立美術館で開かれた展覧会に出品された記録があります。

開館の時間や入館料、展示室は替わることがあるので、出かける前に館のサイトで確かめてください。

Museum Boxでは、フランス国立美術館連合(RMN-GP)のミュージアムグッズを扱っています。ゴッホ「星月夜」をモチーフにしたスノードームやポスター、扇子など、日常を彩るアートグッズをお届けします。

よくある質問

ゴッホの「ボンズとしての自画像」はどこにある?

アメリカのハーバード美術館(フォッグ美術館)が所蔵しています。館の題名は「ポール・ゴーギャンに捧げた自画像」です。

「ボンズ」とはどういう意味?

日本の僧(坊主)のことです。ゴッホは1888年10月3日のゴーギャンへの手紙で、この自画像では、永遠の仏陀を素朴に拝むボンズの性格を求めたと書いています。

いつ描かれた?

1888年、南フランスのアルルで描かれました。ゴーギャンがアルルに来る前に、自画像の交換のために描いて送った絵です。

「ボンズとしての自画像」の大きさは?

ハーバード美術館の記録では、縦61.5cm、横50.3cmです。カンヴァスに油彩で描かれています。

ゴーギャンはこの絵をどうした?

ハーバード美術館によると、2人の友情が悪くなったあと、ゴーギャンはこの絵を300フランで売りました。その後、ドイツの美術館をへて、1951年にハーバード大学のフォッグ美術館に入りました。

ゴッホの絵のグッズはどこで買える?

Museum Boxでは、フランス国立美術館連合(RMN-GP)のミュージアムグッズを販売しています。ゴッホ「星月夜」をモチーフにしたスノードーム、ポスター、扇子など、日常を彩るアートグッズをお届けしています。