ゴッホ「ラ・ムスメ」とは?ロチの小説から名づけた、アルルの日本の娘

ワシントン・ナショナル・ギャラリーにある、縞の上着と水玉のスカートの少女

フィンセント・ファン・ゴッホ「ラ・ムスメ」(1888年)ワシントン・ナショナル・ギャラリー所蔵

「ラ・ムスメ」とは

淡い緑の壁を背に、赤と青の縞の上着を着た少女が、曲げ木の椅子に座っています。スカートは青地にオレンジの水玉。髪には赤いリボンを結び、手には小さな花の枝を持っています。フィンセント・ファン・ゴッホ(1853〜1890年)の「ラ・ムスメ」です。

所蔵はアメリカのワシントン・ナショナル・ギャラリーです。館の作品ページによると、1888年に描かれ、カンヴァスに油彩で、大きさは縦73.3cm、横60.3cmです。

「ムスメ」は、日本語の「娘」から来た言葉です。館によると、この題名は、日本を舞台にした当時人気のフランスの小説から取られました。小説の中の「ムスメ」は、無邪気で清らかな若い女性として描かれています。

フィンセント・ファン・ゴッホ「ラ・ムスメ」(1888年)少女の上半身と椅子の部分。ワシントン・ナショナル・ギャラリー所蔵

制作の背景、ロチの「お菊さん」とムスメ

1888年7月29日、ゴッホは南フランスのアルルから弟テオにこう書いています。「もし君が『ムスメ』がどういうものか知っていたら(ロチの『お菊さん』を読めばわかるよ)、ちょうど1人描いたところだ」(si tu sais ce que c'est qu'une “mousmé” (tu le sauras lorsque tu auras lu madame Chrysantème de Loti), je viens d'en peindre une.)。

ピエール・ロチの『お菊さん』は、日本を舞台にしたフランスの小説です。ゴッホは同じ手紙で、「ムスメとは日本の娘のこと。この場合はプロヴァンスの娘で、12歳から14歳くらい」と説明しています。

ゴッホはまた、この絵に1週間まるごとかかったこと、体の調子があまりよくなく、ほかのことができなかったことも書いています。「ムスメをうまく仕上げるために、頭の力をとっておかなければならなかった」とも書いています。

この頃ゴッホは、アルルで人物画にも力を入れていました。同じ手紙では、フランス軍のズアーブ兵を描いた絵と、このムスメの2点の人物画があると伝えています。

技法と色彩、浮世絵に学んだ補色と模様

ナショナル・ギャラリーによると、ゴッホはこの肖像の着想を、自分が集めていた日本の木版画(浮世絵)の、大胆な補色の組み合わせと、対比する模様から得ました。ゴッホは、日本を、自分が暮らした暗く混み合った西洋の都会とは違う、明るい光と色の理想の土地として思い描いていたと館は紹介しています。

画面を見ると、上着は赤と青の縞、スカートは青とオレンジの水玉で、どちらも補色どうしの組み合わせです。背景はほぼ一色の淡い緑で、人物の強い色と模様が浮かび上がって見えます。

顔は黄色や桃色の筆の跡で描かれ、太い眉と大きな茶色の目がこちらを見ています。上着の前には、オレンジのボタンが縦に並んでいます。

うしろの曲げ木の椅子は、黒っぽい線で大きな弧を描いています。その曲線が、少女のまっすぐな姿勢を囲むように見えます。

フィンセント・ファン・ゴッホ「ラ・ムスメ」少女の顔と赤いリボンのディテールフィンセント・ファン・ゴッホ「ラ・ムスメ」赤と青の縞の上着とボタンのディテールフィンセント・ファン・ゴッホ「ラ・ムスメ」手と花の枝のディテールフィンセント・ファン・ゴッホ「ラ・ムスメ」青地にオレンジの水玉のスカートと椅子のディテール

テオの家族からワシントンへ

ナショナル・ギャラリーの来歴の記録によると、この絵ははじめ、テオの妻ヨー(ヨハンナ・ファン・ゴッホ=ボンゲル)のものでした。1890年ごろに作られたゴッホの作品の目録では、「花を持つ少女、25号のカンヴァス」と書かれています。

ヨーは1909年5月にこの絵を手放し、同じ年にミュンヘンのカール・シュテルンハイムのものになります。その後、パリの画廊や収集家、ノルウェーのオスロの収集家などを経て、1929年5月21日、アメリカの収集家チェスター・デールが買いました。

1963年、デールの遺贈で、絵はワシントン・ナショナル・ギャラリーに入りました。今は西館1階のM83室で展示中とされています。

ゴッホと日本へのあこがれ

ゴッホは日本の浮世絵を集め、パリにいた頃には、渓斎英泉の浮世絵をもとにした「花魁」も描きました。アルルに来てからも、浮世絵に学んだ描き方を続けています。

1888年6月の「サント=マリーの浜の漁船」では、ゴッホ美術館が紹介するとおり、影のない平らな色で舟を描きました。同じ年の秋には、自分を日本の僧に見立てた「ボンズとしての自画像」を描き、ゴーギャンに贈っています。

「ラ・ムスメ」も、その流れの中で描かれた1点です。プロヴァンスの少女に、小説で読んだ日本の娘の名を重ねています。

Museum Boxでは、フランス国立美術館連合(RMN-GP)のミュージアムグッズを扱っています。

「ラ・ムスメ」を見るには、ワシントン・ナショナル・ギャラリー

「ラ・ムスメ」は、アメリカの首都ワシントンにあるナショナル・ギャラリーの西館1階、M83室で展示中とされています。同じ部屋には、ゴッホが1890年に描いた横長の「薔薇」も展示されています。

館の案内によると、入館は無料で、開館は毎日10時から17時です。12月25日と1月1日は休館です。展示室は替わることがあるので、出かける前に館のサイトで確かめてください。

Museum Boxでは、フランス国立美術館連合(RMN-GP)のミュージアムグッズを扱っています。アルル時代のゴッホ「アルルの寝室」のポスターや、「ローヌ川の星月夜」のスノードームなど、日常を彩るアートグッズをお届けします。

よくある質問

ゴッホの「ラ・ムスメ」はどこにある?

アメリカのワシントン・ナショナル・ギャラリーが所蔵しています。館の作品ページでは、西館1階のM83室で展示中とされています。

「ムスメ」とはどういう意味?

日本語の「娘」から来た言葉です。ゴッホは、ピエール・ロチの小説『お菊さん』でこの言葉を知り、「日本の娘、この場合はプロヴァンスの娘で、12歳から14歳くらい」と説明しています。

いつ描かれた?

1888年、南フランスのアルルで描かれました。1888年7月29日のテオへの手紙で、ゴッホはちょうど描き終えたと書いています。

「ラ・ムスメ」の大きさは?

ワシントン・ナショナル・ギャラリーの記録では、縦73.3cm、横60.3cmです。カンヴァスに油彩で描かれています。

ゴッホの絵のグッズはどこで買える?

Museum Boxでは、フランス国立美術館連合(RMN-GP)のミュージアムグッズを販売しています。「アルルの寝室」のポスターや「ローヌ川の星月夜」のスノードームなど、日常を彩るアートグッズをお届けしています。