ゴッホ「ローヌ川の星月夜」とは?2026年の来日ともう1枚の星月夜
ガス灯の光が川面に揺れるアルルの夜。2026年11月、16年ぶりに東京へ来るもう一つの「星月夜」

夜は昼よりもさらに豊かな色彩に満ちていると、しばしば思えるのです。
「ローヌ川の星月夜」とは
深い青の夜空に北斗七星が光り、岸辺のガス灯の明かりが川面に長く伸びています。手前の岸を、2人の恋人が腕を組んで歩いています。フィンセント・ファン・ゴッホが1888年9月の終わりに南仏アルルで描いた「ローヌ川の星月夜」(英語 Starry Night Over the Rhône、フランス語 La Nuit étoilée)は、パリのオルセー美術館が所蔵する油彩画です。大きさは72.5×92cmです。「アルルの星月夜」とも呼ばれます。
「セーヌ川の星月夜」と呼ばれることもありますが、描かれているのはセーヌ川ではありません。アルルの町を流れるローヌ川です。セーヌ川は、この絵を所蔵するパリのオルセー美術館の前を流れる川です。
ゴッホには「星月夜」と呼ばれる絵が2枚あります。もう1枚は、翌1889年6月にサン=レミで描かれた「星月夜」で、ニューヨーク近代美術館(MoMA)が所蔵しています。世界で「星月夜」と言えばMoMAの1枚を指すことが多いのですが、ゴッホが先に描いたのはこちらのローヌ川の夜景です。
この絵は2026年11月14日から2027年3月28日まで、上野の東京都美術館で開かれる「東京都美術館開館100周年記念 オルセー美術館所蔵 いまを生きる歓び」展で日本に来ます。展覧会の公式サイトでは《星月夜》(1888年)と表記され、16年ぶりの来日とされています。

制作の背景、黄色い家と夜の効果
1888年2月、ゴッホはパリを離れて南仏アルルに移りました。5月にはラマルティーヌ広場に面した「黄色い家」を借り、画家仲間と暮らして描く場所にしようと考えます。
アルルに来てから、ゴッホは夜を描くことにずっと心を向けていました。春には友人の画家エミール・ベルナールに、星空を描いてみたいと書いています。9月、この絵を描く数日前には、妹のヴィルにこう書きました。
「今はどうしても星空を描きたいのです。夜は昼よりもさらに豊かな色彩に満ちていると、しばしば思えるのです。」
同じ9月には、ガス灯に照らされたカフェのテラスと星空を描いた「夜のカフェテラス」(クレラー=ミュラー美術館所蔵)も仕上げています。夏には「ひまわり」を描き、10月には自分の部屋を描いた「アルルの寝室」に取りかかりました。
描いた場所は、黄色い家から公園を抜けて歩いて数分の、ラマルティーヌ広場のはずれの川岸です。アルルでは1881年に街灯の工事が始まり、1888年にもまだ続いていました。川沿いに並んだガス灯とその光の映り込みは、当時のアルルの人々にとっても新しい眺めでした。
9月末のテオへの手紙で、ゴッホはこの星空を実際に夜、ガス灯の下で描いたと書き、絵の小さなスケッチを添えています。同じ手紙では、宗教と言うほかないものがどうしても必要になり、だから夜に外へ出て星を描くのだとも打ち明けています。10月23日にはポール・ゴーギャンがアルルに着き、2人の共同生活が始まりました。

技法と色彩、夜を青と黄で描く
この絵の夜は、黒ではなく青で描かれています。画面を占めるのは、プルシアンブルー、ウルトラマリン、コバルトといった青です。ゴッホはテオへの手紙で、空は青緑、水は濃い青、地面は藤色、町は青と紫で、ガス灯は黄色、その映り込みは赤みがかった金色だと、色を一つずつ書いています。
北斗七星は緑とバラ色にきらめいているとも書いています。川面の光は短い縦の筆で重ねられ、水の上で揺れているように見えます。
川岸から見た街並みは、実際の眺めにかなり忠実です。左にアルルの旧市街、中ほどにかろうじて見える橋、右に対岸のトランクタイユの町があります。一方、北斗七星は、描かれた南西の空には実際には見えません。本来は画家の背後、北の空にある星座を、ゴッホは絵の空に移して描き込みました。
制作の方法についても、わかってきたことがあります。川岸で構図を決めたあと、多くの部分は黄色い家のアトリエで描き進めたと考えられています。また、ゴッホは描き上げたあとで画面の左下を描き直し、手前の砂州を小さくして水面に変えています。




帽子にろうそくを立てて描いたという話
「ローヌ川の星月夜」については、ゴッホが帽子のつばにろうそくを立て、その明かりで夜の川岸に立って描いたという話がよく語られます。
しかしこの話は、ゴッホが亡くなって何十年もたってから広まったものです。英国の美術紙The Art Newspaperは、燃えるろうそくを帽子に並べて描くのは現実的ではなく危険でもあるとして、この話はまずありえないと書いています。ゴッホ本人が手紙に書いたのは、ガス灯の下で描いたということでした。
手紙のとおり、ゴッホはガス灯の明かりのもとで夜の川岸に立ち、星空と街明かりを見ました。そのうえでアトリエでも筆を重ね、見た色を絵の上で組み立て直しています。夜に見た色を、黒を使わずに描きとめようとした試みが、この1枚です。
2枚の「星月夜」の違い
「ローヌ川の星月夜」(1888年9月、アルル)と、サン=レミで描かれた「星月夜」(1889年6月、MoMA所蔵)は、9か月ほどの間をおいて描かれました。大きさは72.5×92cmと73.7×92.1cmで、ほぼ同じです。
ローヌ川の1枚は、アルルの川岸から見た実際の街並みとガス灯を描いた夜景です。北斗七星の位置こそ動かしていますが、町や橋の配置は現地の眺めに近く、空は静かです。
サン=レミの1枚は、療養院の東向きの窓から見た夜明け前の眺めをもとに、昼のあいだにアトリエで描かれました。窓からは見えない村を描き加え、空は大きく渦を巻き、手前には糸杉が炎のように伸びています。
この9か月のあいだに、ゴッホはゴーギャンとの共同生活の末に1888年12月に自分の耳を切り、アルルの病院に入院しました。1889年5月には自ら望んでサン=レミの療養院に移っています。2枚を並べると、目の前の夜を描いた絵から、見たものを大きく変えて描く絵へ、ゴッホの描き方が移っていったことがわかります。
アイリスと並んだ1889年の展覧会
ゴッホは「ローヌ川の星月夜」を、1889年9月にパリで開かれたアンデパンダン展(独立芸術家協会展)に出す2点の1つに選びました。カタログでの題は「Nuit étoilée(星月夜)」です。テオはもう1点として、サン=レミの療養院の庭で描いた「アイリス」を出品しました。
批評家フェリックス・フェネオンはこの展覧会の評で、この絵の空を粗く編んだかごのようだと書いています。
その後ゴッホは療養院で1年ほどを過ごし、1890年5月にパリ近郊のオーヴェール=シュル=オワーズへ移ります。そこで描いた「オーヴェルの教会」は、「ローヌ川の星月夜」と同じくオルセー美術館が所蔵しています。ゴッホは1890年7月29日、37歳で亡くなりました。
オルセー美術館に来るまでと、今も語り継がれる理由
「ローヌ川の星月夜」は、1975年、ロベール・カーン=スリベール夫妻が、フェルナン・モック夫妻を記念してフランス国家に寄贈した作品です。夫妻が生きているあいだは手元に置ける条件つきの寄贈で、絵はまずルーヴル美術館の所蔵とされ、のちにオルセー美術館に移されました。その条件は1995年に終わっています。
この絵が今も愛されるのは、新しいガス灯がともるアルルの夜を、黒ではなく青と黄で描いたからです。後期印象派を代表する画家ゴッホが、目の前の夜の色を見つめて描いた1枚で、翌年の「星月夜」へとつながる夜空の絵の始まりでもあります。
2024年の夏には、描かれた場所から数メートルのところにあるアルルのフィンセント・ファン・ゴッホ財団で展示され、描かれた町に戻りました。続いてロンドンのナショナル・ギャラリーの展覧会「Van Gogh: Poets and Lovers」(2025年1月19日まで)でも中心となる作品の一つとして展示されています。
2026年11月、16年ぶりに東京へ
「ローヌ川の星月夜」は、2026年11月14日から2027年3月28日まで、上野の東京都美術館で開かれる「東京都美術館開館100周年記念 オルセー美術館所蔵 いまを生きる歓び」展に出品されます。展覧会の公式サイトによれば、ファン・ゴッホ《星月夜》(1888年)は16年ぶりの来日です。展覧会では《星月夜》と表記されていますが、1888年のオルセー美術館所蔵作品で、この記事で取り上げている「ローヌ川の星月夜」と同じ絵です。MoMAの「星月夜」は出品されません。
本展はオルセー美術館の開館40周年と東京都美術館の開館100周年を記念した企画で、絵画、彫刻、工芸、写真など約110点が並びます。ミレー《落穂拾い》(1857年、23年ぶりの来日)、ゴーガン《アレアレア》(1892年、16年ぶりの来日)、ルノワール《浴女たち》(1918年から1919年)なども出品されます。公式サイトでは、作品が本展のためにパリを離れて東京へ来ると紹介されています。
観覧料は一般2,400円、大学・専門学校生1,300円、65歳以上1,600円で、18歳以下と高校生以下は無料です。前売券は2026年9月28日から11月13日まで販売され、一般2,200円、大学・専門学校生1,100円、65歳以上1,400円です。日時指定予約は不要です。開室時間は9時30分から17時30分(金曜は20時まで)で、主に月曜日が休室日です(祝日の場合は翌日)。年末年始にも休室期間があるので、出かける前に公式サイトで確かめてください。
会期中、この絵は東京で展示されます。ガス灯の映り込みや北斗七星、岸辺の恋人たちまで、絵具の盛り上がりを間近で見られる機会です。
「ローヌ川の星月夜」を見るには、オルセー美術館とグッズ情報
「ローヌ川の星月夜」は、パリ7区、セーヌ川左岸のオルセー美術館(Musée d’Orsay)が所蔵しています。所蔵番号はRF 1975 19です。オルセー美術館は、かつてのオルセー駅の建物を使った美術館で、同じ館では「アルルの寝室」や「オーヴェルの教会」などのゴッホ作品も見られます。
オルセー美術館の入館料は一般€16(オンライン購入)、開館時間は火曜から日曜の9時30分から18時(木曜は21時45分まで)で、月曜は休館です。RER C線の「Musée d’Orsay」駅、またはメトロ12号線の「Solférino」駅が最寄りです。2026年11月14日から2027年3月28日までは東京都美術館に出品されるため、その間にパリを訪ねる場合は注意してください。
Museum Boxでは、フランス国立美術館連合(RMN-GP)のミュージアムグッズとして、オルセー美術館所蔵「ローヌ川の星月夜」をモチーフにしたトートバッグ、スノードーム、傘、ポスターを「ファン・ゴッホ コレクション」で販売しています。
よくある質問
「ローヌ川の星月夜」は日本で見られる?
はい。2026年11月14日から2027年3月28日まで、上野の東京都美術館で開かれる「東京都美術館開館100周年記念 オルセー美術館所蔵 いまを生きる歓び」展に出品されます。公式サイトによれば16年ぶりの来日で、会場での表記は《星月夜》(1888年)です。
「ローヌ川の星月夜」はどこにある?
パリのオルセー美術館(Musée d’Orsay)が所蔵しています。所蔵番号はRF 1975 19です。2026年11月14日から2027年3月28日までは東京都美術館で展示されます。
「ローヌ川の星月夜」はいつ、どこで描かれた?
1888年9月の終わりに、南仏アルルで描かれました。ゴッホが借りていた黄色い家から歩いて数分の、ラマルティーヌ広場のはずれのローヌ川岸からの眺めです。
「セーヌ川の星月夜」と同じ絵?
オルセー美術館にあるゴッホの星月夜は、セーヌ川ではなく、南仏アルルを流れるローヌ川を描いた「ローヌ川の星月夜」です。セーヌ川は、美術館の前を流れるパリの川です。
ゴッホの「星月夜」は何枚ある?
「星月夜」と呼ばれる絵は2枚です。1888年9月にアルルで描かれた「ローヌ川の星月夜」(オルセー美術館所蔵)と、1889年6月にサン=レミで描かれた「星月夜」(ニューヨーク近代美術館所蔵)です。「星降る夜」や「星空の夜」と覚えている方もいますが、日本で使われる題は「星月夜」と「ローヌ川の星月夜」です。
MoMAの「星月夜」とどう違う?
ローヌ川の1枚(1888年)は、アルルの川岸から見た実際の街並みとガス灯の映り込みを描いた静かな夜景です。MoMAの1枚(1889年)は、療養院の窓からの眺めをもとに昼のアトリエで描かれ、空が大きく渦を巻き、窓からは見えない村や糸杉が描き加えられています。2026年に東京へ来るのはローヌ川の1枚です。
「ローヌ川の星月夜」のサイズは?
油彩、カンヴァスで72.5×92cmです。MoMAの「星月夜」(73.7×92.1cm)とほぼ同じ大きさです。
ゴッホは本当に夜に描いた?
ゴッホは1888年9月末のテオへの手紙で、この星空を実際に夜、ガス灯の下で描いたと書いています。ただ、川岸で構図を決めたあと、多くの部分はアトリエで描き進めたと考えられています。帽子にろうそくを立てて描いたという話は、亡くなって何十年もたってから広まったもので、まずありえないとされています。
「ローヌ川の星月夜」の読み方と英語名は?
「ローヌがわのほしづきよ」と読みます。英語では Starry Night Over the Rhône、オルセー美術館での作品名はフランス語の La Nuit étoilée です。「アルルの星月夜」と呼ばれることもあります。
「ローヌ川の星月夜」のグッズはどこで買える?
Museum Boxでは、フランス国立美術館連合(RMN-GP)のミュージアムグッズとして、オルセー美術館所蔵「ローヌ川の星月夜」をモチーフにしたトートバッグ、スノードーム、傘、ポスターを販売しています。