ドガ「アイロンがけをする女たち」とは?近代都市の労働を美にした傑作を解説

1884〜86年——あくびと集中、2つの動作に凝縮されたパリの洗濯女の「生の瞬間」

エドガー・ドガ「アイロンがけをする女たち」(1884〜86年)パリ・オルセー美術館所蔵
芸術家は自然から見ているものを描くのではない。自然を通して感じているものを描くのだ。

「アイロンがけをする女たち」とは

一人は全体重をかけてアイロンを押しつけ、もう一人は瓶から一口飲みながら大きく口を開けてあくびをしている——エドガー・ドガが1884〜1886年にかけて描いた「アイロンがけをする女たち(Repasseuses)」は、印象派絵画の中でも最もリアルで人間的なユーモアを持つ作品のひとつです。

縦76cm、横81.5cmのこの油彩画はパリ7区のオルセー美術館5階に所蔵されています。ドガは洗濯女というテーマに生涯繰り返し取り組んでおり、関連する習作・版画を含めると20点以上が確認されています。ドガが特に洗濯女に着目したのは、この職業の特殊な身体的動作——反復的な腕の動き、腰をかがめる姿勢——が絵画的に豊かなモチーフだったためです。

バレエの踊り子、競馬、カフェの客——ドガが繰り返し描いたパリの現代的な風景の中で、「洗濯女」は都市労働者の日常を最も直接的に描写したシリーズです。カイユボットの「床削り職人」と並んで、19世紀フランス印象派が「日常の労働に宿る美」を発見した代表的作品として評価されています。

ドガ「アイロンがけをする女たち」(1884〜86年)あくびをする女性のディテール——オルセー美術館所蔵

制作の背景——パリの洗濯女とドガの観察眼

19世紀後半のパリには、衣服を洗い・乾かし・アイロンがけをする「洗濯女(blanchisseuse)」と呼ばれる女性労働者が大勢いました。中産階級以上の家庭は洗濯を外注するのが当然であり、洗濯女は現代のクリーニング店に相当する重要な都市労働者でした。

ドガは1860年代から洗濯女に着目し、スケッチを始めています。エミール・ゾラの1876年の小説「居酒屋(L'Assommoir)」がパリの洗濯女の苦難を描いた時期と重なっており、ドガもゾラもともに「近代パリの労働者の日常」を芸術の対象として発見した同世代の観察者でした。

「アイロンがけをする女たち」が描かれた1884〜1886年、ドガは50代前半。印象派の核心グループの一員として地位を確立しながら、バレエ・競馬・カフェ・洗濯女・浴女など都市生活の多様な場面を観察し続けていました。この時期のドガの技法はパステルと油彩を頻繁に使い分けており、「アイロンがけをする女たち」は薄く溶かれた油彩で描かれ、柔らかな光と大気感が作品全体を包んでいます。

エドガー・ドガ「自画像」(1855年頃)オルセー美術館所蔵

技法と観察——「あくび」が示す即興的写実の力

「アイロンがけをする女たち」の最大の技法的特徴は、2人の対照的な動作の「瞬間捉え」にあります。向かって左の女性はアイロンに全体重をかけて前傾みになり、右の女性は手を上に持ち上げ、瓶を持ちながら思いっきり口を開けてあくびをしています。「あくび」という日常の一瞬——意識的でなく自然に起きる動作——を捉えることは、ドガの印象派的な即興性の証明です。

光の扱いも精緻です。左上から差し込む光がアイロンをかける女性の白い布と腕を際立たせ、右の女性のあくびの姿を側光が陰影をつけて照らしています。白い洗濯物の反射光が全体を明るく保ちながら、ふたりの顔と上半身に集中した描写が観察の焦点を明確にしています。

筆致は緩やかで大気感があります。ドガは油彩をテレピン油で強く希釈し、滲み・薄塗りを効果的に使っています。これは後の印象派的な「速い筆触」とも、アカデミックな精密描写とも異なる「観察に基づく速写」の独自スタイルで、ドガの人物描写の核心をなしています。

ドガ「アイロンがけをする女たち」あくびをする女性のディテールドガ「アイロンがけをする女たち」アイロンがけの女性のディテールドガ「アイロンがけをする女たち」白い洗濯物のディテールドガ「アイロンがけをする女たち」手のディテール

近代絵画と労働者の発見——ドガ、ミレー、カイユボットの系譜

「アイロンがけをする女たち」は、19世紀フランス絵画における「労働者の発見」という大きなテーマの中に位置しています。農民を描いたミレー「落ち穂拾い」(1857年)、都市労働者を描いたカイユボット「床削り職人」(1875年)——そしてドガの一連の洗濯女シリーズは、それまで「崇高な主題」(神話・歴史・聖書)が独占していた絵画の世界に「日常の仕事をする人間」を正面から持ち込んだ革新の歴史です。

ドガとカイユボットを比較するのは興味深いです。カイユボットが「床削り職人」で写真的な鋭さと一点透視で職人の労働を英雄的に捉えたのに対し、ドガは「アイロンがけをする女たち」で人物の疲れ・あくびといったより人間的・脆弱な側面にレンズを向けました。カイユボットが「仕事の美しさ」を描いたとすれば、ドガは「仕事をしている人間の素の瞬間」を描いたと言えます。

この差異はふたりの社会的視点の違いも反映しています。富裕なパトロンでもあったカイユボット(自ら職人家庭の生活に密着した)と、観察者的な立場を保ったドガ——ともに労働者に目を向けながら、アプローチは異なっていました。

なぜ「アイロンがけをする女たち」は今も語り継がれるのか

「アイロンがけをする女たち」が印象派の傑作として後世に語り継がれる理由は、この作品が「労働する人間のリアルな一瞬」を美術の主題として完全に確立したからです。あくびという日常的すぎる動作を一枚の大作に描くことは、1880年代においてはまだ大胆な選択でした。

ドガの洗濯女シリーズは20世紀以降の写実的な人物描写——映画・写真・グラフィックアート——の直接の先駆として評価されています。「労働する人間を美しく見せる」のではなく「労働する人間をありのまま見せる」という姿勢は、20世紀のリアリズム写真(特に社会記録写真)の精神と共鳴します。

オルセー美術館ではこの作品が「ドガの多様性」を示す作品として「星(踊り子)」「アブサン」「バレエの授業」と並んで展示されています。日本でも1990年代以降のドガ展で繰り返し紹介され、バレエの画家というイメージを超えた「観察者としてのドガ」の代表作として評価されています。

「アイロンがけをする女たち」を見るには——オルセー美術館とグッズ情報

「アイロンがけをする女たち」はパリのオルセー美術館5階の印象派展示室に常設展示されています。同フロアには「星(踊り子)」「アブサン」「バレエの授業」など他のドガの代表作も集中展示されており、ドガの芸術世界を一度に体験できます。入館料は大人€16、月曜休館。

ドガの全作品の規模を体験したい場合はニューヨークのメトロポリタン美術館(多数の洗濯女シリーズ・バレエシリーズを所蔵)も有力です。またドガが晩年作り続けた彫刻作品——特に有名な「14歳の小さな踊り子」——はオルセー美術館とメトロポリタン美術館の両方で鑑賞できます。

Museum Boxでは、フランス国立美術館連合(RMN-GP)のドガグッズを販売しています。「星(踊り子)」複製画・「踊り」ブロンズ彫刻など、オルセー美術館所蔵作品のグッズをご覧ください。

よくある質問

「アイロンがけをする女たち」はどこにある?

パリのオルセー美術館5階に常設展示されています。入館料は大人€16。月曜休館。

「アイロンがけをする女たち」はいつ描かれた?

1884〜1886年にかけて制作されました。ドガが50代前半のときの作品です。

なぜ「あくび」が描かれているのか?

ドガは意識的でない自然な動作の「瞬間捉え」を重視しました。あくびという日常の一瞬を描くことで、労働する人間のありのままの姿を示しています。

「アイロンがけをする女たち」のサイズは?

縦76cm、横81.5cmの油彩画です。

ドガはなぜ洗濯女に着目したのか?

反復的な腕の動きと独特の身体姿勢が絵画的に豊かなモチーフであったためです。20点以上の関連作品があり、ドガが生涯を通じて関心を持ったテーマのひとつです。

ドガのグッズはどこで買える?

Museum Boxでは、フランス国立美術館連合(RMN-GP)のドガグッズ(複製画・ブロンズ彫刻など)を販売しています。