クリムト「希望II」とは?——黄金の妊婦と死の影が共存する、生命讃歌の傑作

正方形の黄金キャンヴァスに妊婦と頭蓋骨が共存する——クリムトが問いかけた「生まれることとは何か」

グスタフ・クリムト「希望II(Hoffnung II)」(1907〜08年)油彩・金・白金 110×110cm ニューヨーク近代美術館(MoMA)所蔵
私自身は絵の対象としてさほど興味を覚えません。他の人々——とりわけ女性こそが、私の真の主題です。

「希望II」とは——黄金の妊婦と死が共存する生命の絵

「希望II(Hoffnung II)」——グスタフ・クリムト(1862〜1918年)が1907〜08年にかけて描いた110×110cmのほぼ正方形の大作は、黄金の装飾衣をまとった妊婦が静かに目を閉じて立つ姿を主題としています。油彩・金箔・白金箔を重ねたキャンヴァスの中央に、丸みのある腹部をそっと包む女性の姿——その下に3人の俯いた女性たちと、かすかに見える頭蓋骨が共存します。現在はニューヨーク近代美術館(MoMA)に所蔵されており、同館最大の人気作品のひとつとして世界中の来館者を迎えています。

クリムト「接吻」(1907〜08年)が愛の成就を黄金で描いたとすれば、「希望II」は愛の結実——新たな生命——とそれが内包する死の運命を描いています。妊娠という「生命の始まり」と、その下に潜む「死の影」を一枚の画面に共存させるという構成は、ウィーン世紀末文化が抱えていた「生と死は表裏一体である」という思想的テーマを凝縮しているのです。

「希望II」という題名の「希望」は、単純な楽観ではありません。妊婦は目を閉じており、その表情は内省的で超越的な静けさを持っています。彼女の腹部の下に俯く3人の女性たちは祈りを捧げているかのようで、その中に頭蓋骨が見え隠れする——誕生の先に必ず死が待っていることを知りながら、なお生命を抱く者の「希望」です。110×110cmの正方形という特殊なフォーマットは、構図に安定感と神聖さを与えており、クリムトがこの主題を「聖なる場面」として扱っていたことを示しています。

グスタフ・クリムト「希望II」(1907〜08年)詳細——黄金の装飾衣をまとった妊婦の上半身のディテール

制作の背景——黄金期の頂点と「生命」への眼差し

「希望II」が制作された1907〜08年は、クリムトの創作的絶頂期でした。同年にはクリムト「接吻」(1907〜08年)も完成しており、金箔と油彩を組み合わせた「黄金期」(1899〜1910年頃)の真っ只中にあります。1897年のウィーン分離派(ゼツェッシオン)設立から10年——クリムトは当時45〜46歳で、ウィーン芸術界の最前線に立ちながら、より私的で哲学的なテーマへと深化していきました。

「妊娠」という主題がクリムトにとって私的な意味を持っていたことは、美術史研究において広く認識されています。クリムトは終生独身を貫きながら複数の女性との関係を持ち、少なくとも14人の子どもがいたとも言われています。彼の長年のパートナーであり精神的な伴侶であったエミーリエ・フレーゲ(1874〜1952年)は非常に近い関係にありましたが、クリムトの子どもを産んだのは別の女性たちでした。「希望」シリーズは、クリムト自身の「父性」と「生命」への複雑な思いが投影されている作品として読む研究者もいます。

「希望II」の直接的な先行作「希望I」(1903年、カナダ国立美術館所蔵)は、裸の妊婦を大きく描き、背後に骸骨・病・老婆を配した直接的で衝撃的な構成でした。1903年当初、クリムトはあまりにも物議を醸すことを恐れ、「希望I」を布で覆った額縁に入れ、コレクターに「鍵付きで保管するように」と言い含めて手渡したと伝えられています。4〜5年の間に「裸の衝撃」から「黄金の超越」へと表現が変化したことは、クリムトの思想的成熟を如実に示しています。クリムトは「私自身は絵の対象としてさほど興味を覚えません。他の人々——とりわけ女性こそが、私の真の主題です。」と述べており、「希望」シリーズもまた、女性の経験のもっとも深い部分へと踏み込んだ作品です。

グスタフ・クリムト(写真、1914年頃)ウィーン出身の象徴主義・アール・ヌーヴォー画家

技法と象徴——油彩・金・白金が語る生と死のコントラスト

「希望II」の技法的核心は、油彩・金箔・白金箔(プラチナ箔)という三種類の素材の組み合わせにあります。同時期のクリムト「接吻」(1907〜08年)が主として金箔を使用したのに対して、「希望II」は装飾衣の一部に白金箔(プラチナ箔)を使用しており、金の輝きとプラチナの冷たい光沢が同一の画面上で共存するという珍しい効果を生み出しています。この金と白金の対比は、「誕生の温かさ」と「死の冷たさ」という主題の二面性を視覚的に表現しているとも解釈されます。

装飾パターンは、クリムト「接吻」の正方形モザイクと共通しながらも、「希望II」ではより有機的・植物的なモチーフが加わっています。妊婦の装飾衣に描かれた円形・渦巻き・花のパターンは、アール・ヌーヴォーの生命力あふれる装飾語彙であると同時に、中世ビザンティンのモザイク芸術からの影響も感じさせます。クリムトが1903年にイタリア・ラヴェンナのビザンティン・モザイクを見学したことが、「希望I」から「希望II」への変化——より聖像画的・超越的な構成への転換——に強く影響したと考えられています。

4枚のディテール画像では、妊婦の内省的な表情、金と白金が交差する装飾衣のモザイクパターン、頭蓋骨と俯く女性たちの配置、そして生命を讃える花・渦巻きの装飾をそれぞれ詳しく観察できます。クリムトが「希望II」で達成したのは、人体の有機的曲線と幾何学的装飾の完全な統合——女性の身体と装飾が一体となり、分離不能な全体を形成するという境地です。

グスタフ・クリムト「希望II」(1907〜08年)詳細——瞑想する妊婦の顔グスタフ・クリムト「希望II」(1907〜08年)詳細——黄金の装飾衣のモザイクパターングスタフ・クリムト「希望II」(1907〜08年)詳細——頭蓋骨と祈る女性たちのディテールグスタフ・クリムト「希望II」(1907〜08年)詳細——装飾に散りばめられた花と有機的パターン

生と死が共存する理由——クリムトが問いかけた「希望」とは何か

なぜクリムトは妊婦と頭蓋骨を同じ画面に描いたのでしょうか。この問いへの答えは、ウィーン世紀末(1890〜1910年頃)の文化思想に深く根ざしています。「Ars longa, vita brevis(芸術は長く、人生は短い)」という格言に象徴されるように、ヨーロッパには「生と死の共存」というテーマを芸術で表現する長い伝統がありました。中世の「死のダンス(Totentanz)」、バロック時代の「メメント・モリ(死を忘れるな)」的静物画——これらの系譜を引き継ぎながら、クリムトはウィーン世紀末の文脈でこのテーマを再解釈しました。

クリムトが「希望II」を制作した1907〜08年、ウィーンでは精神医学者ジークムント・フロイトが「無意識」と「生の衝動(エロス)」「死の衝動(タナトス)」の理論を展開していました。クリムト自身がフロイトの理論を直接学んでいたかどうかは不明ですが、「生の最も激しい表出(妊娠)の直下に死が潜む」という「希望II」の構成は、フロイトが言語化した時代精神と深く共鳴しています。妊婦の腹部のすぐ下に見える頭蓋骨は、フロイト的な意味での「エロスとタナトスの不可分性」を視覚化しているとも読めます。

クリムトが「希望II」に込めた「希望」は、おそらく最も厳しい種類の希望です——死を知った上で、なおも生命を抱き続けることの希望。目を閉じた妊婦の表情は不安を示していません。内省的な静けさの中に、クリムトは「それでも生まれてくる命には意味がある」という信念を封じ込めたのかもしれません。俯く3人の女性たちが祈りを捧げているとすれば、これから生まれてくる命と、すでに去った命の両方に対する祈りでしょう。

「希望I」との比較——赤裸々な衝撃から黄金の超越へ

「希望I」(1903年、カナダ国立美術館、オタワ所蔵)は「希望II」の先行作として制作されましたが、その表現はまったく対照的です。「希望I」では妊婦が裸で描かれ、鮮やかな赤と緑の対比の中で前景に大きく立っています。背後には骸骨・怪物・老婆の顔が迫るように配置されており、妊娠の希望と死の恐怖が直接的に衝突するような構成です。クリムトが1903年当初にこれを非公開にしたのは、あまりにも性的に直接的であり、同時代の道徳観念に抵触すると判断したためです。

4〜5年後の「希望II」では、表現の質が根本的に変わっています。妊婦の裸体は黄金の装飾衣によって包まれ、肌はわずかにしか見えません。背後の怪物は消え、代わりに3人の俯く女性が登場します——これは恐怖を示す存在ではなく、祈りや弔いを捧げる存在として読めます。頭蓋骨は隠されているわけではありませんが、画面の下部に配されており、クリムト「接吻」(1907〜08年)の人物たちが花咲く崖っぷちに跪くのと同様に、死の存在は「背景化」されています。

この変化は単純な「穏健化」ではありません。「希望I」が死への恐怖を直視する作品だとすれば、「希望II」は死を知った上でそれを超越する作品——宗教的聖像画(イコン)に近い境地に達しています。クリムトが1903年にラヴェンナのビザンティン・モザイクを見学してから受けた影響は、まさにこの「超越性」の追求に結びついています。ビザンティンのキリスト像が金地に描かれることで「この世ならざる存在」として表現されるように、「希望II」の妊婦も金の中に包まれることで「聖なるもの」として昇華されているのです。

クリムトの「生命サイクル」——誕生・愛・死のテーマ

クリムトの「希望」シリーズは、彼が生涯を通じて追い続けた「生命のサイクル」というテーマの中心に位置しています。クリムト「接吻」(1907〜08年、ベルヴェデーレ宮殿美術館所蔵)が愛という「生命を繋ぐ行為」を描き、「希望II」(1907〜08年、ニューヨーク近代美術館(MoMA)所蔵)が妊娠という「生命の継承」を描くとすれば、クリムト「ユディトI」(1901年、ベルヴェデーレ宮殿美術館所蔵)は生命を奪う力を持つ女性を描いています——クリムトにとって女性とは、生命の誕生・継続・終焉のすべてを体現する存在でした。

「希望II」と「生命の樹」(1905〜09年、ウィーン応用美術館所蔵)には重要な共通点があります。「生命の樹」が宇宙的な生命のサイクルを植物の成長で表現したとすれば、「希望II」は人間における生命のサイクルを妊婦の身体で表現しています。どちらの作品も、金と装飾パターンを用いてテーマを「聖化」し、日常の出来事(植物の成長、出産)を宇宙的な意味を持つ出来事へと昇華させています。

クリムト「ダナエ」(1907〜08年頃)との比較も興味深いです。クリムト「ダナエ」では、ゼウスの黄金の雨を受けるダナエがいわば受動的な姿勢で官能の極致を迎えますが、「希望II」の妊婦は静かに内向きに立っており、能動的な存在感を持っています。クリムト「水蛇I」(1904〜07年頃)の女性たちが「半覚醒の夢」の状態にあるとすれば、「希望II」の妊婦は「覚醒した内省」の状態にいます——クリムトが描く女性の内的状態のバリエーションの豊かさが、この比較から浮かび上がります。

なぜ「希望II」は今も語り継がれるのか

「希望II」の美術史的意義は、20世紀の「妊娠する身体の表現」に先鞭をつけたことにあります。近代以前の西洋美術において、妊婦が絵画の主役として描かれることは極めて稀でした——聖母マリアの受胎告知は描かれても、妊娠中の女性の身体そのものはしばしば覆い隠されました。クリムトが「希望I」(1903年)で妊婦の裸体を大きく描き、「希望II」(1907〜08年)で妊婦を黄金で神聖化したことは、「出産する身体」を美術の主題として正面から取り上げる試みとして画期的でした。

市場的価値においても「希望II」は突出しています。2006年にMoMAがリヒテンシュタイン侯爵家コレクションからまとめて購入・売却したクリムト作品群の一部として高額の評価を受け、同年に売却されたクリムト「アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像I」が約135億円で落札されたことを考えると、「希望II」の現在の評価額がいかに高いかが窺えます。なお現在MoMAは「希望II」を所蔵作品として常設展示しており、非売品です。

20世紀後半以降のフェミニズム美術批評において、「希望II」は「妊娠する身体の表現」という観点から再評価が続いています。クリムトが女性の身体を所有・鑑賞の対象としてではなく、生命の担い手・超越的な存在として描いたことは、21世紀の視点からも先進的な姿勢として評価されます。MoMAに収蔵されてから——クリムトが没して100年余り——「希望II」は今も「生命とは何か」という問いを発し続けています。

「希望II」を見るには——ニューヨーク近代美術館(MoMA)

「希望II(Hoffnung II)」は、ニューヨーク近代美術館(MoMA)に所蔵されています。マンハッタン53丁目、5番街と6番街の間に位置するMoMAは、ゴッホ「星月夜」、ピカソ「アヴィニョンの娘たち」、モネの「睡蓮」大装飾画など20世紀美術の名作を多数収蔵する、世界最大級の近現代美術館のひとつです。クリムト「希望II」はMoMA2階のヨーロッパ・近代絵画コーナーに展示されており、比較的静かに鑑賞できることが多いです。

ニューヨーク近代美術館(MoMA)へのアクセスは、地下鉄E線・M線の「53 St」駅から徒歩約2分。入館料は一般30ドル(2025年現在)ですが、ニューヨーク市民は毎週金曜日の17時〜21時に無料で入館できます。「希望II」の110×110cmという正方形の大きさは、デジタル画像ではなかなか伝わらないスケール感があります——実物の前に立ったとき、金箔と白金箔が照明に輝く様子は画面の印象と大きく異なります。

Museum Boxでは、フランス国立美術館連合(RMN-GP)のミュージアムグッズを展開しています。クリムトと同時代のアール・ヌーヴォー美学を感じられるポストカード・ノート・文房具など、ウィーン世紀末の美の欠片を日常に取り入れるラインナップをご用意しています。

よくある質問

クリムト「希望II」はどこで見られますか?

ニューヨーク近代美術館(MoMA)に常設展示されています。入館料は一般30ドル(2025年現在)、地下鉄E/M線「53 St」駅から徒歩約2分です。MoMA2階のヨーロッパ・近代絵画コーナーに展示されています。

「希望II」はいつ制作されましたか?

1907〜08年に制作されました。クリムトの黄金期(1899〜1910年頃)の中期にあたり、同時期には「接吻」「水蛇I・II」なども制作されています。

「希望II」のサイズと技法を教えてください。

110×110cmのほぼ正方形のキャンヴァスに、油彩・金箔・白金箔(プラチナ箔)を組み合わせた混合技法で描かれています。金と白金の両方を使用した点が、同時期の「接吻」(金のみ)と異なります。

「希望II」に描かれているのは何ですか?

黄金の装飾衣をまとった妊婦が中央に立ち、その腹部の下に3人の俯く女性と頭蓋骨が描かれています。妊娠という「生命の始まり」と死の象徴が共存し、「希望」とは何かを問いかける構成です。

「希望I」と「希望II」の違いは何ですか?

「希望I」(1903年、カナダ国立美術館所蔵)は裸の妊婦を前景に大きく描き、背後に骸骨や怪物を配した直接的で衝撃的な構成。「希望II」(1907〜08年、MoMA所蔵)は黄金の装飾衣で妊婦を包み、死の要素を画面下部に配した超越的・静謐な構成です。

クリムトのミュージアムグッズはどこで買えますか?

Museum Boxでは、フランス国立美術館連合(RMN-GP)のミュージアムグッズを販売しています。クリムトと同時代のアール・ヌーヴォー作品をモチーフにしたポストカード・ノート・文房具など、知的な贈り物にも最適なラインナップをご用意しています。