ダ・ヴィンチの「ラ・ベル・フェロニエール」とは?額に宝石を持つ謎の女性
フェロニエールが語りかける——スフォルツァ宮廷が生んだ最も謎めいた肖像

目は心の窓である
「ラ・ベル・フェロニエール」とは
深い黒の闇の中から、ひとりの女性が4分の3正面で浮かび上がります。額には細い鎖が額帯(フェロニエール)として巻かれ、その中央に一粒の宝石が輝いています——これがレオナルド・ダ・ヴィンチの「ラ・ベル・フェロニエール」(La Belle Ferronnière, 1490〜1497年頃)です。縦63cm、横45cmのクルミ材に油彩で描かれ、現在パリのルーヴル美術館(ドゥノン翼2階 Salle 710)に所蔵されています。
タイトルの「ラ・ベル・フェロニエール(La Belle Ferronnière)」は「鉄工職人の美しい妻」を意味するフランス語で、18世紀に誤ってこの絵に付けられた名前です。「フェロニエール(ferronnière)」は、額に宝石を飾る鎖状のアクセサリーの名称でもあり、画中の女性が身に着けているその装飾品から転じてこの呼び名が定着しました。
現代の美術史研究では、この肖像画の人物はルドヴィーコ・スフォルツァ(ミラノ公爵、1452〜1508年)の愛妾ルクレツィア・クリヴェッリ(Lucrezia Crivelli)を描いたとする説が最も有力です。スフォルツァの宮廷詩人ベルナルド・ベリンチョーニ(Bernardo Bellincioni)の詩に「レオナルドがルクレツィアの肖像を描いた」という記述があることが根拠のひとつです。別の説では、スフォルツァ公爵の妻ベアトリーチェ・デステ(Beatrice d'Este)とする見方もあります。
この作品はレオナルドがミラノのスフォルツァ宮廷に仕えた時代(1482〜1499年)——「岩窟の聖母」(第一バージョン)や「白貂を抱く貴婦人」を手がけた同じ時期に制作されました。

制作の背景——スフォルツァ宮廷とレオナルドの黄金期
1482年、レオナルドは30歳でフィレンツェを離れ、ミラノのルドヴィーコ・スフォルツァ(通称イル・モーロ「黒い人」)に仕え始めました。宮廷では画家・彫刻家・建築家・軍事エンジニア・宴会演出家として多方面で活躍し、生涯で最も安定した創作環境を享受した時代です。「ラ・ベル・フェロニエール」はこのミラノ時代の後半(1490〜1497年頃)に制作されたとされます。
ルドヴィーコ・スフォルツァは文化・芸術の強力なパトロンでした。彼は複数の女性と関係を持ち、愛妾の肖像画を宮廷の権力装置として活用しました。レオナルドが描いた「白貂を抱く貴婦人」(チェチリア・ガッレラーニの肖像、1489〜90年頃)もスフォルツァの愛妾の肖像であり、「ラ・ベル・フェロニエール」もその系列の作品と考えられています。
スフォルツァ宮廷詩人ベリンチョーニの詩(1493年頃)には「自然(natura)よ、汝は今やレオナルドに嫉妬されている——彼はルクレツィア(Lucrezia)の星のような美しさを描いた」という一節があります。「ルクレツィア」がルクレツィア・クリヴェッリを指すとすれば、この詩は「ラ・ベル・フェロニエール」を描写した最初の文書記録となります。
1499年、フランス王ルイ12世のミラノ侵攻によってスフォルツァは失脚し、レオナルドはミラノを離れることになります。「ラ・ベル・フェロニエール」はその後フランス王室のコレクションに入り、現在はルーヴル美術館に所蔵されています。

技法と色彩——「直接の視線」という革新
「ラ・ベル・フェロニエール」の最も革新的な特徴は、女性が鑑賞者の方向を向いていることです。15世紀のイタリア女性肖像画では、女性はプロフィール(真横)または視線を逸らした形で描かれるのが一般的でした。「白貂を抱く貴婦人」(チェチリア・ガッレラーニ)では顔が横を向いていましたが、「ラ・ベル・フェロニエール」の女性はほぼ正面を向き、鑑賞者と向き合っています。この「直接の眼差し」は、当時の慣習を大きく破るものでした。
額の「フェロニエール」——細い黒い鎖が額に水平に巻かれ、中央に一粒の小さな赤い宝石が留められています。このアクセサリーはミラノ宮廷の女性たちの間で流行した装飾品で、スフォルツァ宮廷の贅沢な文化を象徴しています。「ラ・ベル・フェロニエール」という名称がこのアクセサリーに由来するほど、このディテールは作品のアイコンとなっています。
スフマートの技法が衣服の描写にも発揮されています。赤いビロードのドレスは、単純な赤ではなく、光が当たる部分では鮮やかに、陰になる部分では深みのある暗い赤へと変化します。袖の結び目から垂れる金色のリボン、胸元の三連ネックレス——これらの装飾品の描写は、レオナルドの細部観察の精密さを示しています。
背景の漆黒は単純な暗闇ではなく、わずかな色調の変化があります。右側(人物の左方向)がやや明るく、人物を暗い背景から浮かび上がらせる効果が計算されています。この明暗の演出は、後の「洗礼者ヨハネ」(1513〜16年)で完成するキアロスクーロの技法への重要な中間段階です。




誰が描かれているのか——モデルの正体をめぐる長い論争
「ラ・ベル・フェロニエール」の最大の謎は、描かれた人物の正体です。19世紀以来、多くの美術史家がこの問題に取り組んできました。現在最も支持されているのは、ルドヴィーコ・スフォルツァの愛妾ルクレツィア・クリヴェッリ(Lucrezia Crivelli)説です。宮廷詩人ベリンチョーニの詩(1493年頃)に「ルクレツィアの肖像をレオナルドが描いた」という記述が根拠とされていますが、詩の記述が「ラ・ベル・フェロニエール」を指すかどうかについては確定していません。
もう一つの有力な候補は、スフォルツァ公の妻ベアトリーチェ・デステ(Beatrice d'Este, 1475〜1497年)です。フェロニエールのアクセサリーはベアトリーチェが愛用したとされる記録があり、衣装の形式もミラノ宮廷の公式な礼服に近いという指摘があります。しかしベアトリーチェの他の肖像画と顔立ちが一致しないため、この説は現在ではやや劣勢です。
20世紀にはアメリカのコレクターがこの作品の「コピー版」を本物だと主張し、「カンザスシティ本」として知られる法廷論争を引き起こしました(1929〜1931年)。ルーヴルの専門家はこれを模倣作品と断定し、最終的に裁判でも否定されました——しかしこの論争は「ラ・ベル・フェロニエール」の名をさらに広めることになりました。
近年の赤外線調査(infrared reflectography)により、作品の下絵段階でレオナルドが人物の首の向きを変更した跡が確認されています。当初はより横向きに描かれていたものを、最終的に現在の正面向きに近い構図に変えた——これは「直接の視線」という表現がレオナルドの意図的な選択であったことを示しています。
なぜ「ラ・ベル・フェロニエール」は今も語り継がれるのか
「ラ・ベル・フェロニエール」がルネサンス絵画史に与えた最大の影響は、「鑑賞者と向き合う肖像画」という様式の確立に貢献したことです。女性が直接こちらを見返す——このシンプルな転換が、肖像画の「物語の方向性」を変えました。それ以前の肖像画が「見られる人物」を描いていたとすれば、「ラ・ベル・フェロニエール」は「見ている人物」を描いています。この双方向性は、後のラファエロ、ティツィアーノの肖像画に直接影響を与えました。
「フェロニエール」というアクセサリー自体も、この絵画によって広く知られるようになりました。19世紀にロマン主義の時代にこの作品が再評価されると、フェロニエールはパリのファッション界でも復活し、ロマンティックな貴婦人の装飾品として流行しました。現代でも「フェロニエール」という言葉はルネサンス期の額飾りを指す美術用語として定着しています。
2019〜2020年のルーヴル美術館「レオナルド・ダ・ヴィンチ展」では、「ラ・ベル・フェロニエール」「白貂を抱く貴婦人」「音楽家の肖像」の3点が並んで展示され、レオナルドのミラノ時代の肖像画が比較鑑賞できる機会となりました。この展覧会では最新の科学的分析によって、作品の制作技法や下絵の詳細が明らかにされ、研究者の間でも新たな議論を生み出しました。
Museum Boxでは、ルーヴル美術館の「ラ・ベル・フェロニエール」版画・しおり・ポストカードを取り扱っています。
「ラ・ベル・フェロニエール」を見るには——ルーヴル美術館とグッズ情報
「ラ・ベル・フェロニエール」は、パリのルーヴル美術館、ドゥノン翼2階のSalle 710に常設展示されています。「聖アンナと聖母子」「洗礼者ヨハネ」「岩窟の聖母」と同エリアに展示されており、ルーヴルのレオナルド作品を一度に鑑賞できます。入館料は€17(2024年現在)で、オンライン事前予約を推奨します。
縦63cm×横45cmというサイズは決して大きくありませんが、暗い背景と金色の肌の対比は実物の照明のもとで見ると一層際立ちます。特にフェロニエールの細い鎖と宝石は、近くで見ることで初めてその精緻な描写が伝わります。モナ・リザの展示室(Salle 711)と隣接しているため、混雑しているモナ・リザに比べてゆっくりと鑑賞できることも多いです。
Museum BoxではRMN-GP(フランス国立美術館連合)の「ラ・ベル・フェロニエール」関連グッズを取り扱っています。版画(KM006058)、しおり(IM000486)、ポストカード(IC610069・IC003871)など、ルーヴル美術館ミュージアムグッズです。
よくある質問
「ラ・ベル・フェロニエール」はどこにある?
パリのルーヴル美術館、ドゥノン翼2階Salle 710に常設展示されています。「聖アンナと聖母子」「洗礼者ヨハネ」「岩窟の聖母」と同エリアです。
「ラ・ベル・フェロニエール」はいつ描かれた?
1490〜1497年頃の制作とされています。レオナルドがミラノのルドヴィーコ・スフォルツァ宮廷に仕えていた時代の作品です。
「ラ・ベル・フェロニエール」には誰が描かれている?
ルドヴィーコ・スフォルツァの愛妾ルクレツィア・クリヴェッリとする説が最有力ですが、公妃ベアトリーチェ・デステとする説もあります。いずれも確定はしていません。
「フェロニエール」とは何か?
額に水平に巻かれた細い鎖の中央に宝石を飾るアクセサリーです。ミラノ宮廷の女性たちが愛用したもので、このアクセサリーに由来してこの絵に「ラ・ベル・フェロニエール」という名前がつきました。
「ラ・ベル・フェロニエール」のサイズは?
縦63cm×横45cmのクルミ材に油彩で描かれています。
「ラ・ベル・フェロニエール」のグッズはどこで買える?
Museum Boxでは、フランス国立美術館連合(RMN-GP)の版画・しおり・ポストカードなど「ラ・ベル・フェロニエール」関連グッズを販売しています。ルーヴル美術館ミュージアムグッズです。