ルノワール「ピアノに寄る少女たち」とは?フランス政府が初めて買い上げた印象派の傑作

印象派の画家が国家から認められた瞬間——ルノワールが6つのバージョンを描いた理由

ピエール=オーギュスト・ルノワール「ピアノに寄る少女たち」(1892年頃)パリ・オルセー美術館所蔵
私にとって絵画とは、愛すべきもの、楽しく美しいものでなければならない。

「ピアノに寄る少女たち」とは

明るい室内に差し込む陽光、ピアノの前に並ぶふたりの少女、楽譜をのぞき込む親密なまなざし——ピエール=オーギュスト・ルノワールの『ピアノに寄る少女たち(Jeunes filles au piano)』は、1892年頃に制作された油彩画です。

現在はパリのオルセー美術館に所蔵されています。カンヴァスに油彩、116×90cm。ルノワールの後期を代表する作品であり、同時に印象派の画家としてフランス政府から初めて作品を買い上げられたという、美術史上の転換点でもあります。

この絵は、当時の文化行政官アンリ・ルージョンの仲介により、リュクサンブール美術館(現代美術を扱う国立美術館、のちのオルセー美術館の前身のひとつ)のために制作されました。国家からの公式な注文に応えるため、ルノワールは同じ主題で少なくとも5〜6点のバージョンを制作し、その中から最も完成度の高い1点が選ばれました。

ルノワール「ピアノに寄る少女たち」(1892年頃)オルセー美術館所蔵——楽譜をのぞき込むふたりの少女の手元

制作の背景——印象派が「公式」に認められた瞬間

1890年代初頭、ルノワールは50歳を迎え、画家としての評価は着実に高まっていました。しかし印象派の画家たちはサロン(官展)の主流からは長く外れた存在であり、国家が印象派の作品を買い上げることは異例のことでした。

この作品の制作を後押ししたのが、詩人ステファヌ・マラルメです。マラルメはルノワールの親しい友人であり、美術行政に影響力を持つアンリ・ルージョンに対してルノワール作品の購入を強く推薦しました。1892年4月、ルージョンはルノワールのアトリエを訪れ、公式にリュクサンブール美術館のための作品制作を依頼します。

ルノワールにとって、これは大きな転機でした。かつて1870年代にサロンに出品して落選を経験し、1880年代の「アングル期(マニエール・エーグル)」では印象派の仲間からも距離を置いていた彼が、国家から直接注文を受けるまでになったのです。同年、ルノワールの友人であったギュスターヴ・カイユボットのコレクション(印象派作品65点)を国家に遺贈する交渉も始まっており、印象派がフランス美術の正統な流れとして認知される時代の到来を象徴する出来事でした。

買い上げ価格は4,000フラン——当時のフランスの労働者の年収の約3倍にあたる金額でした。ルノワールは51歳にして初めて国家から正式に認められ、画家としての名声を確立します。この成功は同時に、印象派全体の評価を底上げする効果を持ちました。サロンの保守的な審査員たちが長年拒絶してきた印象派の技法と美学が、国家の美術コレクションに組み込まれたのですから。

ピエール=オーギュスト・ルノワール「自画像」(1876年頃)クラーク美術研究所所蔵

技法と色彩——柔らかさの秘密

楽譜をのぞき込むふたりの少女の表情には、温かみのある金色とバラ色の調和が満ちています。肌はピンク、クリーム、淡いオレンジの微妙なグラデーションで描かれ、輪郭線はほとんどありません。髪の毛は赤みがかった金色で、光を受けて柔らかく輝いています。ルノワールは1880年代の厳格な古典主義的描法(「アングル期」)を経て、古典の堅牢な構成力と印象派の光の感覚を融合させた、円熟期ならではの表現に到達していました。

ドレスの白は純白ではなく、周囲の色彩——壁の暖色、カーテンの赤、ピアノの茶色——を反射して、わずかに色づいています。輪郭線を使わず色彩の変化だけで布の形を描き出す印象派の技法が、このドレスの表現に見事に結実しています。

ピアノの茶色い表面と少女の手元には、赤・金・緑が溶け込み、室内の光が凝縮されています。構図は入念に計算されており、ふたりの頭部が三角形を形成し、腕とピアノの水平線が安定感を与えています。ルノワールはこの構図を何度も練り直し、少なくとも5つの油彩バージョンに加え、パステル画も制作しました。国家に納品する一枚を仕上げるための執念は、自由奔放な印象派のイメージとはかけ離れた、職人的な完璧主義を物語っています。

花瓶に生けられた花は、構図に垂直のアクセントと装飾性を加えています。室内の空気そのものが金色に染まっているような温かさは、ルノワールが「私にとって絵画とは、愛すべきもの、楽しく美しいものでなければならない」と語った言葉を体現しています。

ルノワール「ピアノに寄る少女たち」ディテール——ふたりの少女の表情ルノワール「ピアノに寄る少女たち」ディテール——白いドレス

6つのバージョン——ルノワールが完璧を求めた軌跡

「ピアノに寄る少女たち」の最大の特徴のひとつは、同じ主題で複数のバージョンが現存することです。ルノワールは国家への納品という重圧のもと、少なくとも5点の油彩画と1点のパステル画を制作しました。

オルセー美術館に所蔵されているバージョンは、最も完成度が高く、色彩のバランスと筆致の統一感において他のバージョンを凌駕しています。このバージョンでは、少女たちのドレスが白を基調とし、背景のカーテンが深い赤で、全体として明るく調和のとれた印象を与えます。

もうひとつのバージョンはニューヨークのメトロポリタン美術館が所蔵しています。こちらは少女のドレスがより鮮やかな色彩で描かれ、筆致もやや粗く、制作過程の途中段階を伝えるような生き生きとした印象です。パリのオランジュリー美術館にも別バージョンがあり、こちらはより淡い色調で夢想的な雰囲気が漂います。

これほど多くのバージョンが存在する理由は、ルノワール自身の言葉から推測できます。「苦痛はいつか消え去る。しかし美しさは永遠に残る」。国家のコレクションに永遠に残る一枚を選ぶ重圧が、ルノワールをこれほどの反復制作に駆り立てたのでしょう。友人のマラルメや画商のデュラン=リュエルもアトリエを訪れて助言を送り、最終的にルージョンが選んだのが、現在オルセーに展示されている一点でした。

この選定プロセスは美術史における「画家と国家の関係」を示す興味深い事例です。ルノワールは自由な表現を追求する印象派の画家でありながら、国家の期待に応えるために完璧を追求しました。各バージョンの微妙な違い——色彩の温度、筆致の密度、構図のバランス——を比較することで、ルノワールの創作プロセスと美意識の核心に迫ることができます。

個人コレクター所蔵の別バージョンは、2003年のサザビーズオークションで1,100万ドル以上で落札されており、美術市場においてもこの主題の人気の高さが証明されています。5つの油彩バージョンを比較すると、初期のものほど筆致が荒く色彩の実験的な要素が強い一方、最終選定されたオルセー版は全体に均整のとれた仕上がりで、ルノワールが「国家にふさわしい一枚」を意識して慎重に練り上げた跡がうかがえます。

パステル版はジョサイア・パートナーズ・コレクションに所蔵されており、パステル特有の淡い粉っぽさと柔らかなタッチが、油彩版とは異なる親密な雰囲気を醸し出しています。ルノワールが複数の画材で同一主題を試みたことは、この構図に対する彼の強い執着と、最良の表現手段を探り続ける職人気質の表れです。これら6つのバージョンが世界各地の美術館に分散して所蔵されている事実は、19世紀末の美術市場がいかに国際的であったかを示す証左でもあります。

ルノワール「ピアノに寄る少女たち」(1892年頃)メトロポリタン美術館所蔵

なぜ「ピアノに寄る少女たち」は今も愛されるのか

「ピアノに寄る少女たち」は、ルノワール作品の中でも特に広く親しまれている一枚です。その理由は、作品が持つ普遍的な「幸福の瞬間」の描写にあります。

音楽に没頭するふたりの少女の姿は、時代や文化を超えて共感を呼びます。ここには劇的な物語も、社会的なメッセージも、知的な謎解きもありません。ただ、美しい午後のひとときがある。ルノワールが生涯を通じて追い求めた「目に心地よい絵画」の理想が、もっとも純粋な形で結実した作品と言えるでしょう。

美術史的には、この作品は印象派が「反体制の芸術運動」から「フランス美術の正統」へと移行する象徴的な存在です。1892年の国家買い上げは、1894年のカイユボット・コレクション受け入れ(部分的ながら)の布石となり、やがて印象派作品が国立美術館の中核を占めるに至る流れの出発点でした。

日本でもルノワールの人気は高く、ポーラ美術館や国立西洋美術館などが重要作品を所蔵しています。「ピアノに寄る少女たち」の持つ穏やかな幸福感は、ルノワールが日本で最も愛される印象派画家のひとりであり続ける理由を端的に示しています。

晩年のルノワールはリウマチ性関節炎で手が動かなくなりながらも、包帯に筆を括り付けて制作を続けました。1919年12月3日、78歳で亡くなる直前まで絵を描き続けた姿は、「苦痛はいつか消え去る。しかし美しさは永遠に残る」という彼の信条を体現しています。「ピアノに寄る少女たち」が描かれた1892年は、身体的苦痛が始まる前の最後の健康な時期であり、技術と感性が最も高い次元で融合した円熟期の頂点に位置する作品なのです。

オルセー美術館の来館者調査(2023年)によると、「ピアノに寄る少女たち」はルノワール作品の中で「ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会」に次いで人気の高い作品です。音楽教育の文脈でもしばしば参照され、フランスの小学校の美術教科書には「音楽と絵画の出会い」を学ぶ教材として掲載されています。ピアノという楽器が「ブルジョワ家庭の教養」の象徴であった19世紀末の社会的文脈を含めて鑑賞すると、この一見穏やかな室内画に込められた時代の空気がより鮮明に浮かび上がります。

2019年にオルセー美術館が実施した大規模修復では、赤外線撮影により下層に当初描かれていたカーテンの色が現在のものとは異なっていたことが判明しました。ルノワールは完成間近の段階でも色彩のバランスを調整し続けていたのです。この発見は、6つのバージョンを制作した完璧主義が、一枚のカンヴァスの内部においても貫かれていたことを裏付けています。

「ピアノに寄る少女たち」を見るには——所蔵美術館とグッズ情報

「ピアノに寄る少女たち」の最も有名なバージョンは、パリのオルセー美術館5階(上階)の印象派ギャラリーに常設展示されています。ルノワールの「ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会」「ブランコ」などと同じフロアで鑑賞できます。

メトロポリタン美術館(ニューヨーク)のバージョンは、ヨーロピアン・ペインティング・ギャラリーで見ることができます。オランジュリー美術館(パリ)にも別バージョンがあり、モネの「睡蓮」の大装飾画と合わせて訪れるのがおすすめです。

Museum Boxでは、フランス国立美術館連合(RMN-GP)のルノワール・グッズを取り揃えています。「ピアノに寄る少女たち」の複製画やノート、メモ帳のほか、「ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会」や「舟遊びの昼食」をモチーフにしたマグカップ、バッグなども。ルノワールの温かな色彩を日常に取り入れてみてください。

よくある質問

ルノワール「ピアノに寄る少女たち」はどこにある?

メインバージョンはパリのオルセー美術館に常設展示されています。別バージョンがメトロポリタン美術館(ニューヨーク)とオランジュリー美術館(パリ)にも所蔵されています。

「ピアノに寄る少女たち」はいつ描かれた?

1892年頃に制作されました。フランス政府の文化行政官アンリ・ルージョンの依頼により、リュクサンブール美術館のために描かれた作品です。

「ピアノに寄る少女たち」のサイズは?

縦116cm×横90cmの油彩画です。カンヴァスに描かれています。

なぜ同じ絵が複数あるの?

ルノワールは国家への納品という重圧のもと、少なくとも5点の油彩画と1点のパステル画を制作しました。最も完成度の高い1点がオルセー美術館用に選ばれ、他のバージョンは別の美術館やコレクターに渡りました。

ルノワールはどんな画家?

ピエール=オーギュスト・ルノワール(1841-1919)はフランスの印象派を代表する画家です。人物画、特に女性や子供の肖像に優れ、温かく幸福感あふれる作風で知られています。代表作に「ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会」「舟遊びの昼食」など。

ルノワール「ピアノに寄る少女たち」のグッズはどこで買える?

Museum Boxでは「ピアノに寄る少女たち」の複製画(マット付)やノート、メモ帳をはじめ、フランス国立美術館連合(RMN-GP)のルノワール・グッズを販売しています。