ムンクの「叫び」とは?——世界で最も有名な「不安」の絵画
1893年、空が血の色に染まった夜——ムンクが聞いた「自然の叫び」

私は二人の友人と道を歩いていた——太陽が沈んでいく——突然、空が血の赤に染まった。……恐怖に震えながら、私は自然を貫く果てしない叫びを感じた。
「叫び」とは
人物の骸骨のような顔、両手で頰を押さえながら大きく口を開けた姿——エドヴァルド・ムンク「叫び」(ノルウェー語: Skrik、1893年)は、一度見たら忘れることのできない衝撃を与えます。縦91cm × 横73.5cmの板紙にテンペラと油彩、パステルを組み合わせて描かれたこの作品は、オスロ国立美術館に常設展示されており、「モナ・リザ」と並んで世界で最も認知された絵画のひとつです。
「叫び」が描くのは、実際の「声による叫び」ではありません。ムンク自身が日記に記した通り、これは「自然の叫び」——外側の世界から迫ってくる、実存的な恐怖の振動です。背景を流れる橙と赤の曲線群は、空と海と大地が渦を巻いており、手前の人物はそれに飲み込まれそうになりながらも、なぜか静止しています。橋の欄干だけが直線的に描かれ、その幾何学的な秩序が周囲の混沌をいっそう際立たせています。
制作は1893年、ムンクが30歳のときです。印象主義が席巻していたヨーロッパ画壇において、この絵は「内面の恐怖を外側の色と形で可視化する」という表現主義(エクスプレッショニズム)の先駆けとなりました。ムンクはノルウェー人でしたが、パリとベルリンを頻繁に往来し、ゴッホやゴーギャンの影響を受けながら独自の感情表現を磨いていったのです。

制作の背景——血に染まった夕暮れの体験
「叫び」の誕生は、1892年のある夕暮れに遡ります。ムンクは二人の友人とともにオスロ郊外の丘——エーケベルグ(Ekeberg)——を歩いていました。突然、太陽が沈みかけた空が「血の赤」に染まったように見え、ムンクは激しい不安に囚われました。後に日記にこう記しています。
「私は二人の友人と道を歩いていた——太陽が沈んでいく——突然、空が血の赤に染まった。……恐怖に震えながら、私は自然を貫く果てしない叫びを感じた。」(ノルウェー語原文: *Jeg gikk langs veien med to venner – solen gikk ned – plutselig ble himmelen blodrød... jeg følte at et uendelig skrik gikk gjennom naturen.*)
この体験が直接の契機となって「叫び」は生まれましたが、その根底にはムンクの幼少期からの苦しみがあります。1863年にノルウェーのロイテンで生まれたムンクは、5歳で母を結核で亡くし、14歳で姉ソフィエを同じ病で失い、父も精神疾患を抱えていました。「病・狂気・死は、私の揺り籠から離れず、生涯をとおして私に付きまとった黒い天使だった」(原文: *Sickness, insanity and death were the black angels that kept watch over my cradle and accompanied me all my life.*)——ムンク自身の言葉は、「叫び」の背景にある深い傷を象徴しています。

技法と色彩——渦巻く空と崩れゆく形
「叫び」の最大の革新は、感情を色と曲線で直接可視化した点にあります。橙・赤・黄の渦を巻く曲線群は、物理的な空や海の描写ではなく、主人公が感じる「恐怖の内側」が外側の世界に投影されたものです。この手法は後に「表現主義」と呼ばれますが、1893年時点では概念すら存在していませんでした。
骸骨のように単純化・変形された人物の顔——アーモンド形の大きな目、凹んだ頰、大きく開いた口——はムンクが当時ヨーロッパで話題になっていたペルー産ミイラからインスピレーションを得たとも言われています。実在の人間の顔ではなく、「恐怖そのもの」の具象化です。
技法面では、テンペラ絵具と油彩、パステルを組み合わせた混合技法が用いられています。支持体は紙ではなく厚紙(カルトン)で、背景の渦巻く空はドライな筆触で素早く描かれており、線の勢いそのものが「不安の振動」を伝えます。手前の橋の欄干だけが直線的で、この幾何学的な線が周囲の曲線群を引き立てるアクセントになっています。




二度の盗難——「叫び」が消えた日
「叫び」には20世紀後半に起きた二度の衝撃的な盗難事件があります。
1回目は1994年2月12日、リレハンメル冬季五輪の開会式当日でした。ノルウェー国立美術館の窓ガラスが砕かれ、わずか50秒で絵が持ち去られました。犯人たちは現場に「哀れなセキュリティに感謝」と書かれたメモを残したとされています。ノルウェー政府はイギリス警察と協力して囮捜査を展開し、3ヶ月後に絵を回収——損傷は最小限に留まりました。
2回目は2004年8月22日、今度はムンク美術館所蔵版(1910年作)が白昼に強奪されました。拳銃を手にした複数の男がギャラリーに踏み込み、「叫び」と「マドンナ」を壁から引き剥がして逃走。この時は2年間行方不明となり、2006年に警察が回収しましたが、絵には水濡れや擦り傷などの損傷が確認されました。ムンク美術館はその後、大規模な防犯強化を実施し、2021年に建設された新館では最高水準のセキュリティシステムが導入されています。
この二度の盗難事件は「叫び」の知名度をいっそう高め、世界で最も守られなければならない絵画のひとつとして、その存在をあらためて世界に印象付けました。

「叫び」は4つある——バージョンを徹底解剖
「叫び」は一枚ではありません。ムンクは同じ構図で4つのバージョンを制作しています。
最も広く知られているのは1893年版(テンペラ・油彩・パステル / 厚紙、91 × 73.5 cm)で、現在オスロ国立美術館に常設展示されています。同年にパステルのみで描いた版もあり、こちらはムンク美術館が所蔵します。1910年にはテンペラで再度描いた版が生まれ、これもムンク美術館にあります。
4つのうち唯一個人所蔵だった1895年版(パステル)は、2012年5月にサザビーズのオークションに出品され、落札額は1億1990万ドル(当時の為替で約95億円)を記録しました。買い手はアメリカの著名投資家レオン・ブラック。当時の絵画オークション最高額を更新した歴史的な落札です。
4つのバージョンが存在する理由についてムンク自身は明確な説明を残していませんが、この時期に彼が「生命のフリーズ」シリーズの展示計画を積極的に進めていたこと、そして複数の版画・石版画も制作していることから、展示用・販売用に繰り返し制作したとみられています。

「生命のフリーズ」——叫びを生んだ連作の世界
「叫び」は単独作品ではなく、ムンクが1890年代に構想した大連作「生命のフリーズ(Livsfrisen)」の核心部分に位置します。このシリーズは「愛の芽生え」「愛の開花と崩壊」「不安」「死」の4章で構成され、ムンクは生涯をかけて同一テーマを繰り返し描き続けました。
「叫び」が属するのは第3章「不安」です。同じ章の「橋の上の不安」(1894年)は「叫び」と同じエーケベルグの橋を舞台にしており、黒衣をまとった群衆が無表情に画面の奥へと向かっています。孤独な個の「叫び」に対して、群衆の「不安」——二つを並べることで、ムンクが孤独と集団の恐怖を同時に描き続けていたことが分かります。
同シリーズの「マドンナ」(1894年)はムンク美術館所蔵で、2004年の盗難事件では「叫び」とともに盗まれた作品です。性と死を同時に表現したこの赤いオーラをまとう女性像は、「叫び」と対をなすムンクの代表作として知られています。また「メランコリー」(1891年)や「吸血鬼」(1893年)など、同シリーズには愛と苦しみを描いた傑作が連なっています。Museum Boxでは、ゴッホやルノワールなど感動の名画をモチーフにしたミュージアムグッズをご用意しています。
なぜ「叫び」は今も語り継がれるのか
「叫び」の骸骨顔は、21世紀においても最も広く複製・引用されるアートイメージのひとつです。ハロウィンのマスク、映画「スクリーム」(1996年)のキラーフェイス、スマートフォンの絵文字(😱)——ムンクが1893年に体験した「実存的恐怖」は、現代のポップカルチャーに深く根を下ろしています。
美術史的には、「叫び」はドイツ表現主義の直接の先駆けとされています。エルンスト・ルートヴィヒ・キルヒナーやヴァシリー・カンディンスキーらは「内面の感情を形と色で可視化する」というムンクの手法を継承し、20世紀前半の前衛芸術の土台を築きました。ムンクのこのアプローチがなければ、青騎士もブリュッケも生まれなかったかもしれません。
市場価値においては、4バージョンのうち3つが美術館に永久所蔵されており、唯一流通可能だった1895年版が2012年に1億1990万ドルで落札された事実が、「叫び」の希少性と歴史的重要性を証明しています。誰もが知っているのに実物はほとんど流通していない——この希少性こそが「叫び」を伝説たらしめています。
「叫び」を見るには——オスロ国立美術館への旅
「叫び」の1893年版(国立美術館版)は、ノルウェー・オスロの国立美術館(Nasjonalmuseet)に常設展示されています。2022年6月にオスロ港沿いの新築建物へ移転オープンしたこの美術館は、北欧最大の美術館として外観からもインパクトを放っています。入館料は一般200 NOK(約2,700円)、17歳以下無料。「叫び」のほか、マティス、モネ、セザンヌら約400点の世界的名画が一堂に会します。
1910年版(ムンク美術館版)と「マドンナ」などは、同じオスロのムンク美術館(Munchmuseet)に所蔵されています。2021年に開館したオスロ港沿いの新築13階建てビルで、ムンクが遺した1,000点以上の絵画・水彩を収蔵する世界最大のムンクコレクションです。入館料は一般195 NOK(約2,600円)。国立美術館とムンク美術館はオスロ中心部から徒歩圏内に位置しており、1〜2日で両方を回ることができます。
Museum Boxでは、フランス国立美術館連合(RMN-GP)のミュージアムグッズを取り扱っています。ゴッホ「星月夜」など感動的な名画をモチーフにしたマグカップ、トートバッグ、メモ帳など、日常生活を彩るグッズをお届けしています。
よくある質問
ムンクの「叫び」はどこにある?
最も有名な1893年版(テンペラ・油彩・パステル)はノルウェー・オスロの国立美術館(Nasjonalmuseet)に常設展示されています。1910年版はオスロのムンク美術館(Munchmuseet)に所蔵されています。
「叫び」はいつ描かれた?
最も有名な版は1893年に描かれました。ムンクは同じ構図で計4つのバージョン(1893年×2、1895年、1910年)を制作しています。
「叫び」のサイズは?
最も有名な1893年版(国立美術館所蔵)は縦91 × 横73.5cmです。支持体は厚紙(カルトン)で、テンペラ・油彩・パステルの混合技法で描かれています。
「叫び」はなぜあの顔をしているの?
ムンクは1892年に友人と丘を歩いていたとき、夕空が「血の赤」に染まって見え、激しい不安に囚われた体験を日記に記しています。「叫び」の人物はその瞬間ムンクが感じた恐怖——「自然を貫く果てしない叫び」——を視覚化したものです。顔の骸骨的な形は当時話題になっていたペルー産ミイラからも着想を得たとされています。
「叫び」の値段は?
2012年のサザビーズオークションで1895年版パステル画が1億1990万ドル(当時約95億円)で落札されました。買い手はアメリカの投資家レオン・ブラックで、当時の絵画オークション最高額を記録しました。
ムンク「叫び」のグッズはどこで買える?
Museum Boxでは、フランス国立美術館連合(RMN-GP)のミュージアムグッズを販売しています。ゴッホ「星月夜」など感動の名画をモチーフにしたマグカップ、トートバッグ、メモ帳など、日常を彩るグッズをお届けしています。