ベルト・モリゾ「揺り籠」とは?印象派初展示作の感動を解説
1872年——印象派初の公式展覧会に出品した女性画家の、静かで深い眼差し

私は女として、芸術において同じことを試みたい——ありのままの視覚的現実を。
揺り籠——印象派第1回展に出品した女性画家の眼差し
薄いチュールのヴェール越しに眠る赤ちゃんを見つめる母親——ベルト・モリゾが1872年に描いた「揺り籠(Le Berceau)」は、印象派の誕生を告げた歴史的な第1回グループ展(1874年)に出品された作品のひとつです。
現在はパリのオルセー美術館に所蔵される油彩画で、56×46cmとほぼA2サイズ。柔らかな白と薄い緑のトーンに支配されたこの作品は、モリゾ独自のスタイル——軽い筆触、明るい色調、室内の自然光——を明確に示しています。
モデルは画家の姉エドマとその娘ジャンヌ(生後まもない赤ちゃん)。エドマはかつてベルトとともに絵を描いていましたが、結婚後に制作から退いていました。姉が赤ちゃんを見つめる眼差しの静けさと深さに、ベルトは画家としての感受性で向き合い、印象派の美学として結晶化させました。
モリゾはこの作品を第1回印象派展に出品しましたが、売却せず手元に置き続けました。それほど深い愛着を持っていた作品が、今日の印象派史において女性画家の代表作として位置づけられているのは、単なる偶然ではないでしょう。

制作背景——1874年印象派初展とモリゾの選択
ベルト・モリゾ(1841〜1895年)はフランス南西部ブールジュの生まれ。上流階級の家庭に育ち、当時の女性として例外的に本格的な美術教育を受けました。カミーユ・コロー(後出)に師事し、風景と光の表現を学んだことが後の作風の基礎となっています。
1868年、モリゾはエドゥアール・マネと出会います。マネはモリゾを「同時代で最も才能ある画家のひとり」として高く評価し、モリゾはマネのモデルを務めるとともに深い芸術的影響を受け合います。1874年にはマネの弟ウジェーヌ・マネと結婚し、義妹となりました。
1874年4月にナダルのスタジオで開催された第1回「画家・彫刻家・版画家等芸術家の共同協会展」——後に「印象派展」として知られる展覧会——にモリゾは「揺り籠」を含む複数点を出品します。モネ、ルノワール、ドガ、ピサロら全員が参加したこの歴史的な展覧会で、モリゾは唯一の女性参加者のひとりでした。
注目すべきはモリゾが「揺り籠」を売却しなかった選択です。他の出品作品は売却を目的としていましたが、モリゾはこの作品を生涯手放しませんでした。最終的に作品はモリゾの遺産として、オルセー美術館の前身であるリュクサンブール美術館に寄贈されています。
技法——白の色調と軽い筆触
「揺り籠」の技法的な核心は、白とクリーム色を主体にした明るい色調と、輪郭をぼかすような軽い筆触にあります。モリゾはモネやルノワールと同じ印象派の語法を使いながら、室内の柔らかな自然光と家庭的な親密さという独自の主題を開拓しました。
揺り籠のヴェールは作品の中心的な視覚的要素です。白いチュール(薄い絹織物)が揺り籠を覆い、眠る赤ちゃんを保護する半透明の膜として描かれています。このヴェールは単なる布ではなく、母性の庇護・純潔・生命の脆さを象徴するモチーフとして解釈されます。絵具の透け感を生かした描写は、モリゾの技法の洗練度を示しています。
母親の眼差しの方向と手のポーズも精緻に計算されています。エドマは赤ちゃんを直接見つめながら、右手で揺り籠のカーテンを持ち上げています。この「見る」という行為——母親が子を見つめ、画家がその場面を見つめ、鑑賞者がさらにそれを見つめる——の重層的な視線の構造が、この小さな作品に深みを与えています。
赤ちゃんの顔の描写は意図的にぼかされており、明確な輪郭を持ちません。夢の中にいる存在のように曖昧な赤ちゃんの顔と、明確な意識と感情を持つ母親の顔——このコントラストが「見守る」という行為の本質を捉えています。




女性印象派画家としてのモリゾ——時代的制約と革新
19世紀のフランスで女性が画家として活動することは、多くの制約を伴いました。エコール・デ・ボザール(国立美術学校)は女性の入学を拒否し(1897年まで)、裸体モデルの使用は許されず、カフェや公共の場での「男性の仲間」としての制作活動も難しかった。印象派の男性画家たちが描いたカフェや競馬場・劇場などの「公共の場の光景」は、女性画家には描きにくい主題でした。
こうした制約の中でモリゾが選んだのは、庭・室内・子育て・家庭生活という「私的な空間」の主題でした。しかしモリゾはこれを「制約の受け入れ」ではなく、女性が最もよく知る空間を最も深く描くための選択として積極的に意味づけていました。
ドガは「モリゾは印象派のすべての画家の中で最もよく印象派らしい絵を描く」と評しました。モリゾの白い色調、軽い筆触、親密な空間への視線は、印象派の美学の本質的な表現でした。
アメリカの印象派女性画家メアリー・カサット(1844〜1926年)はモリゾのほぼ同世代として、同じく母と子を主題とした多くの作品を残しています。両者は互いの存在を知り、尊重し合っていたと伝えられています。ふたりの存在は、印象派が「男性だけの運動」ではなかったことを示す重要な証拠です。
後世への影響——再評価されるモリゾの遺産
モリゾは生前から高い評価を受け、マネやドガらとともに印象派の中核メンバーとして活動しましたが、没後しばらくの間は美術史における扱いが男性画家たちより小さいものでした。20世紀後半のフェミニズム美術史学の発展とともに、モリゾの作品と功績は大きく再評価されます。
1990年代以降、モリゾの大規模な回顧展が世界各地で開催され、彼女が単なる「印象派の女性」ではなく、印象派を形成した中心的な存在のひとりであったことが広く認識されるようになりました。
「揺り籠」はオルセー美術館の印象派コレクションの中でも、モネの「ポピーの咲く野原」やルノワールの「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」と並ぶ核心的な作品として位置づけられています。母と子というテーマの普遍性と、印象派固有の光の美学が結びついたこの小品は、時代を超えて多くの人の心を動かし続けています。
Museum Boxではオルセー美術館のグッズを取り扱っています。印象派の光と色彩を日常の中に取り入れたいという方には、マグカップ・トートバッグ・ポーチなど様々な選択肢をご用意しています。
オルセー美術館(パリ)で実物を見る
「揺り籠」の実物はパリのオルセー美術館(Musée d'Orsay)に所蔵されています。セーヌ川左岸、旧リヨン駅を改装したこの美術館は、1848年から1914年のフランス美術(主に印象派・後期印象派)の世界最大コレクションを誇ります。
「揺り籠」は印象派の常設展示室(主に5階)に展示されています。同じフロアでモネの「ポピーの咲く野原」、ルノワールの「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」、ドガのバレリーナ作品など印象派の名作を一度に鑑賞できます。
入館料は大人16ユーロ(2026年現在)。木曜18〜21時45分は夜間開館があり、比較的空いています。パリ市内からはメトロ12号線「ソルフェリーノ」駅、またはRER「ミュゼ・ドルセー」駅からすぐです。Museum Boxではオルセー美術館のミュージアムグッズを日本にいながら購入していただけます。
よくある質問
モリゾ「揺り籠」はどこにある?
パリのオルセー美術館の常設展示で見ることができます。第1回印象派展(1874年)出品後、モリゾ自身が手元に置き続け、没後に美術館に寄贈されました。
「揺り籠」のモデルは誰?
ベルト・モリゾの姉エドマと、その娘ジャンヌ(生後まもない赤ちゃん)がモデルです。
ベルト・モリゾとエドゥアール・マネの関係は?
モリゾはマネの義妹です。1874年にマネの弟ウジェーヌ・マネと結婚しました。また芸術的にも互いに深く影響し合った関係でした。
印象派の女性画家は他に誰がいた?
アメリカ出身のメアリー・カサット(1844〜1926年)が最も代表的です。彼女も母と子を主題とした多くの作品を残し、パリの印象派グループで活動しました。